女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

最後の恋[弌]

例えばの話。都会から離れた山奥で、長い間、一人きりで暮らしてきた青年がいるとします。彼自身は、その生活を「孤独だ」とは思わないでしょう。なぜなら、生まれた時からそれが当たり前であり、彼にとっては“一人でいること”が日常だからです。けれどある日、別の人間がやってきて親しくなり、共に暮らすようになった。十分に心を通わせた後、その人が突如、山を去ってしまったらどうだろう。青年は、単に「元の生活に戻ったまでだ」と思うだけかもしれない。でも、今まで知らなかった“孤独”というものを強く感じてしまう可能性もあります。「誰かと暮らす楽しさ」「誰かと笑い合う喜び」を知らずに生きていれば、感じることはなかったであろう孤独を。そして、“手にしたものを失う怖さ”も感じるかもしれません。

 

KIさんと別れた後の私が、まさしくその状態でした。今は心底どうでもいい存在となったKIさんですが(笑)、当時は自分が思う以上に深いダメージを負っていたんだと思います。「はじめから人を信じたり好きになったりしなければ、傷付かないし裏切られもしない。もう恋愛するのが怖い」。そんなふうに思い詰めて、1年くらいは自ら恋を遠ざけ、仕事以外では男性と2人で会うことを避けていました。

 

そんなある日、職場(出版社)で営業部の主任に呼び止められました。「悪いけど、この取材頼まれてくれない? 大事なクライアントなんだけどさ、俺先約があって行けないのよ。先方も編集部が取材したほうが喜ぶし」と、プレスリリースを手渡されたのです。「クライアントフォローですね。スケジュールが空いていれば」と目を落としてびっくり。リリースは、クライアント(楽器メーカー)が主催するイベントに来てほしいという内容なのですが、注目すべきは「当日ゲスト」の欄。私が数年前からずーっと取材したいと思っていて、且つ何度オファーしても断られ続けているお方の名前が書いてあるではないか! 「行きます、絶対行きます‼」と鼻息荒く手を握り、「お、おう…」と主任を軽く引かせましたが気にしている場合ではない(笑)。何としても、関係者の方々とお近づきにならねば。

 

イベント当日。取材道具と大量の名刺を持って会場へ着くと、既にマスコミでいっぱいでした。「しまった、出遅れた!」と思ったけれど、幸い1人分のスペースが空いていたのでそこに陣取り、ICレコーダーとカメラを準備して臨戦態勢。まずはメーカー担当者のお話&ご説明があり、いよいよゲスト(KTさん)登場です。うおー、初めて生で見た! 動いた、喋った、とんでもなく良い声だ‼ しかも予定になかったのに、「今日はたくさん楽器があるし、せっかくだから1曲歌いますね」とギターを手に取り大サービス。その素晴らしい弾き語りを聴いて、「やっぱりどうしても取材させてもらいたい」と思いました。KTさんのCDは全て持っているけれど、生歌のほうが100倍良い。歌手やミュージシャンの場合、音源が良くても生はイマイチというケースも結構あるので、私はライブを観てから諸々判断することにしているのですが、彼の生歌は間違いなく良かった。1曲で思いきり心を掴まれました。「『イベント後に個別取材も可能』って言ってたけど、その前にクライアントさんに挨拶しなくちゃ。あ、今まで散々断られてるから、そもそも取材は無理か…」。

 

頭で考えていても仕方ないので、ともかく行動に出ました。メーカー担当者のお名前は営業主任から聞いていたため、イベント後、まずは彼を待ち伏せてご挨拶。すると担当・MさんとKTさんは個人的にも親交があるそうで、「今からじゃ取材は無理だけど、スタッフの皆さん含め直接紹介してあげる」というではありませんか。Mさん、あなたは弊社にとって大クライアントなだけでなく、私にとっての神でもあったのですねありがとうございます好きです!(語彙力ゼロ・笑)

 

Mさんの計らいで楽屋へ通して頂き、事務所の方、レコード会社の方、そしてご本人にもご挨拶させて頂きました。その際、生歌を初めて聴いたこと、その生歌が大変素晴らしかったこと、今まで取材したくても機会に恵まれなかったため今日のイベントに感謝していること等をかなり暑苦しい感じで(笑)伝え、「今後もイベントやライブがあったらぜひ呼んでください、いつ如何なる時でも駆け付けます‼」的なことをバーッと喋って退室したのでした。

 

それから1ヶ月も経たないうちに、レコード会社の担当者さんから「ライブあるよ、来る?」との連絡を頂き、すっ飛んでいきました。「この前は1曲だったけど、今度はライブ! 何曲歌ってくれるかなぁ♪」とワクワクが止まらないまま会場へ行き、全15曲を聴いて完全KO。彼はもっと売れるべき人だ、この魅力を大勢の方に伝えねば!と思い、すぐさま企画書を作成。第1案は彼の特集、第2案は彼の連載という内容の企画を立て、次の編集会議で提出しました。こういう場合、レコード会社や事務所の方々に前もって探りを入れておくのが定石なのですが、今回はクライアントが絡んでいたのでまずはそちらの根回しから。幸い楽器メーカー・Mさんと私はものすごく馬が合ったので、彼に強力にプッシュしてもらって企画(第2案のほう)を通すことに成功。営業主任も喜んでくれて一石二鳥です。

 

次に攻略すべきは、レコード会社と事務所。レコード会社とは古い付き合いだから問題ないとして、残るは事務所です。イベント時に名刺交換して分かったのですが、KTさんはいつの間にか事務所を移籍していたらしく、関係者の方々は昔のこと(こちらが何度も取材依頼していたこと)をご存じない。だったら黙っておくのが得策と思い、さも「先日のライブが素晴らし過ぎたので」というスタンスで連載企画を提案。そしてこれは全くの偶然だったけれど、「実は数ヶ月後にアルバムを出す予定があるから、プロモーションのタイミングとして最適」ということで、見事ご了承頂いたのでした。何という幸運!

 

打ち合わせの日、某喫茶店。レコード会社の担当者は「別件があって行けない」ということで、参加者はKTさんご本人、チーフマネージャーSさん、私の3人。大手出版社ならライターとエディターは別なことが多いですが、ウチは弱小なので私が記者兼編集者(時にカメラマン)です。連載案を3つ考え、プレゼン用資料も作っていきました。意外だったのは、KTさんご自身も2案持ってきてくれていたこと。計5案あるため互いの説明を聞くだけで長く掛かってしまい、気付けば2時間半が経過。「コーヒー、もう一杯ずつ頼みましょうか」と店員さんを呼ぼうとしたところで、Sさんが「すみません、もう時間が…」と遮ります。なんだ、KTさん次の現場があるのか。「そうなんですか。残念ですけど、じゃあ後は…」とお見送りすべく立ち上がったところ、KTさんは座ったまま。隣を見たら何と!帰り支度をしているのはSさんのほうです。イヤ待って、次があるのアナタなの⁉ KTさんじゃなくて??? 「ではお先に失礼します、宜しくお願い致します」。

 

イヤイヤ、14年間この仕事やってて初めてですよ。タレント残してマネージャーが帰るなんて聞いたことないですよ。「あの、ちょっと待ってください」と慌ててSさんを追い掛けようとすると、KTさんに腕を掴まれました。「気にしなくて大丈夫です。彼、すごく良いマネージャーなんだけど、僕が本業以外をやること…特に文章書くことに全然興味ないんで。今日でよく分かったでしょ? Sさん、君と僕の会話に一切入ってこなかった(笑)。2人で決めちゃって、後でメールすればいいよ」。

 

正直に言うと、Sさんの気持ちも分からないではありません。文章を書くというのは、ネタ探しに始まり、推敲、執筆、校正と多くの時間を取られる割に、ギャラはすごく安いです。その上原稿&写真の最終チェック等も必要なので、ただでさえ忙しいマネージャーさんの手間がより増える。事務所としては、ちっとも“良い仕事”じゃないわけです。しかも「Sさんは大の活字嫌い」ときている。「これはなかなか苦労しそうだぞ…」などと考えていたら、「LINE教えて」とKTさん。「原稿のやり取り、スマホでしましょう」。

 

 -[弐]へつづく-