女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

“辞める”才能

過日、前職で担当していた歌手から久々にLINEをもらいました。何かと思えば、「歌で食べていくのを諦めて、違う職に就く」という連絡です。残念だけれど仕方がないし、そう決断すること自体、大変な勇気が要っただろうと推測できます。私見ですが、自らその道を選べる人は才能があると思う。“好きなことを辞められる”という才能です。


彼は幼い頃より歌が大好き。親からも周囲からも、その高い歌唱力を認められ、褒められ続けてきた人です。実際、歌は誰が聴いても「わぁ、めっちゃ上手い!」と感じるレベル。ただし、正直に言ってしまえばそれ以上でもそれ以下でもない…つまり上手い“だけ”。私は彼の人柄や、努力を惜しまない姿勢、ファンへの優しい態度等を尊敬しているけれど、歌そのものにはそこまで魅力を感じていなかった。お手本歌唱的というか、深い味わいや“彼ならでは”の特徴だったり、多くの人に「理由は分からないが、何としても彼のライブを観に行きたい」と思わせるような歌声を持っているわけではないからです。今まではそんなこと、当然ながら本人に伝えようなんて思いませんでした。でも今回連絡をもらって、文字でやり取りした後「電話してもいいか?」と問われ、長時間話をしました。その際「もう辞めるんだし、本音で答えてほしい。嘘とか気遣いとかはナシで」と懇願されてしまった。質問事項としては──


・自分の歌の率直な感想

・「この人は売れる」と思ったか? 

・生歌を聴いて“心に響いたこと”はあるか?


…等々、かなり突っ込んだ内容でした。どうするべきか、少し迷いました。自分が現役の記者だったら、相手に「僕はもうこの世界を去る人間なんだから」と促されたとしても、本心は伝えなかったと思います。でも、私も彼も離職した(する)身。そして彼は“本音の評価”が聞きたくて、わざわざ私に連絡してきている。であれば、希望に沿ったほうがいいだろうと判断。よって、オブラートに包みつつ「あなたの歌は確かに上手いが、それ以上でもそれ以下でもないと思う」「誰が売れるかなんて私には分からない。もしそれが分かる目を持っていたら、記者ではなく有望な人材を発掘する仕事に就いている」「あなたの人柄や仕事への取り組み方には感銘を受けたけれど、“あなたの歌そのもの”が私の心を震わせたことはなかった。でもそれはあくまで私の感想であって、他の人がどう捉えているかは分からない」というような話をさせてもらいました。


わずかに沈黙があり、「そっかそっか。正直に言ってくれてありがとう。やっぱ◯◯さん(←私の名前)に連絡してよかったな〜。ちゃんと答えてくれると思ったよ」との返事。この時、「ひょっとして彼は、『辞めると決めてはいるけど、誰かに背中を“もうひと押し”してもらえたら…』と望んでいたのかもしれない」と感じました。だから、頼めばはっきり言ってくれそうな私を選んで電話したんじゃないだろうか。


それから小一時間、思い出話に花を咲かせた後、「あとね」と付け加えられました。「◯◯さんが書く僕の記事、母親が毎回楽しみにしてたんだ。小さくても大きくても、全部買ってスクラップとかしちゃってさ(笑)。母が、『息子の人生を記録してくれてありがとうございます』って。それ伝えてくれって。僕からも、今までありがとうございました。いつもいっぱい写真撮って、記事書いて、インタビューもしてくれて。ステージ上での写真、大事にします。新しい仕事決まったらまた連絡するね」


電話を切った途端、我慢していた涙が一気に溢れ出しました。「え、どうしたの⁉︎   大丈夫?」と夫がオロオロしてしまうほどの大号泣。彼のご両親は離婚しており、随分前から家族はお母さん一人(お父さんは既に再婚)。お母さんに会ったことはないけれど、「女手一つで育ててくれた母」の話は度々聞いていました。でも、記事をスクラップしてくれているなんて初耳だし、まして御礼を言われるとは予想外。嬉しかったのか切なかったのか、一体どういう涙なのか自分でもよく分かりませんでしたが、彼の人生や“歌への想い”に深く触れてしまった気がして、感情の昂りを抑えるのにしばらく時間が掛かりました。


彼は本当に歌が好きだし、歌唱力もあります。容姿だって平均以上。されど、プロとして“お金を稼ぐ歌”が歌えているかというと、それはまた別の話です。上手ければ売れるか、美しければ売れるか、コネがあれば売れるか…経験上、私はそうじゃないと思う。そして、売れることが全てだとも思わない。もちろん売れないより売れたほうがいいですが、売れている人が全員幸福だとは限らないし、たとえそこまで売れていなくとも、デビューできたりライブにファンが来てくれたりCDが出せたり、それだけでも相当すごいことです。誇りを持っていい、胸を張っていいと思います。


彼が今後、どんな仕事に就くのかは聞いていません。でも彼に限らず、職を変える人、新たな分野にチャレンジする人は増えていくことでしょう。かく言う私もその一人です。プラス、コロナがあってもなくても、“転職することが普通”な世の中になっていただろうとも感じています。日本人の平均寿命は年々長くなっているし、終身雇用も減りつつあるのだから、当たり前といえば当たり前ですよね。「コレだ!」と狙いを定めた職種を極めたり貫いたりすることは間違いなく素敵だけれど、そうじゃない選択肢や可能性だってたくさんあります。どれか一つに固執したり絞ったりする必要は全然なくて、その仕事が自分に合っていたら続ければいいし、逆なら辞めて次を探せばいい。二足の草鞋、もしくはそれ以上の草鞋を履いたっていい。それくらい気楽に構えていたほうが、みんな生きやすいんじゃないかなぁという気がしています。


最後に。無職の身で人の心配をしている場合でもないと思いますが(汗)、彼の就職が無事決まりますように。良い仕事に恵まれますように。もう担当ではなくなったけど、あなた(とお母さん)の幸せをいつでも願っています。