NHKのドラマ「正直不動産」(4月5日スタート/火曜22時~、全10回)の第1回及び第2回目の放送を観ました。もともと原作漫画を知っていたのと、“スポンサーありきの民放”では扱いづらいであろうテーマ、「不動産業界の裏側」にどこまで斬り込んで制作するのか…に興味と期待を持っていたからです。設定等は多少アレンジされているものの、単純にドラマとして面白かったし、原作同様「ためになる情報がたくさん入っている」と思いました。ただ、現時点では「3回目以降は観ないだろうな」と感じています。理由はズバリ、映像のレタッチ。
写真のレタッチは、今や芸能人だけでなく、一般人も当たり前にする時代です。これについては、思うところがいろいろあります。
一般人の場合は、むしろ「もっとレタッチしてもいい」と思っている次第。SNS等で使うショットは、本人かどうか判別できないくらいまで加工や修正を加えたほうが、防犯上安全だと考えているからです(※自撮りはもちろん、子供の写真や自宅近辺の風景等を、何の加工もせずそのままアップしている人が多くて驚きます。これは非常に危険な行為だと思う)。でも、芸能人の場合は「過剰だ」とずっと前から感じています。
何度か書いている通り、私は前職で16年間、エンタメ系雑誌の記者をしておりました。取材対象は歌手や俳優さんが多かったため、掲載写真のレタッチは必須でしたが、レタッチの概念は、16年間でだいぶ変わったように思います。
入社当時は、それこそ吹き出物やニキビ跡、目立つシミ・シワ、毛関係等「最低限消したほうがいいものを消す」とか、「色のトーンを上げる」程度だったのに、退職直前は「ほうれい線全消し」とか「10歳以上若く見えるように」とかが特別ではない…つまり普通のことみたいになっていた。“レタッチでサイズを変える(体を痩せさせたり顔の輪郭を調整したり)”というのは嫌というか、「それは違う」と編集部全体が感じていたのでウチはしなかったけれど、他媒体ではそこまでやっている雑誌も少なくなかったですね。
そうなると、一生懸命「プロの仕事」を全うしているメイクさんやカメラマンさんの腕、そしてご本人の努力や頑張りが関係無くなってくる。きちんと鍛えて美ボディーを保っている人も、何をせずとも“レタッチの力”で美ボディーだと錯覚させている人も、誌面上では同じように見えてしまうのです。何より、十分過ぎるほどに美しい人や、顔をくしゃくしゃにして、心底楽しげに笑う表情等に“こちらが黙って手を加えること”に抵抗がありました。
芸能人自身が発信するショットも、多少ならいざ知らず、誰が見ても「いや別人でしょ…」と感じるほどにレタッチするのは、結局自分の首を絞めるだけだと思います。例えば、“今後は一切人前に出ず(SNSやYoutube等のみで)活動を続けていく”とかならそれでいいのかもしれませんが、自ら「理想と現実」を乖離させてしまうのは、決して得策とは思えない。
そして個人的には、ムービーレタッチに対し、フォトレタッチ以上に強い違和感と危機感を覚えています。テレビドラマは、俳優さんの豊かな表情が命なのに、不必要なレタッチにより、「顔=目・鼻・口」みたいな印象になってしまうと思うんですよね。凹凸の少ない部分は、驚くほどのっぺりした仕上がりになってしまいますゆえ…。
話している時、考えている時、憤りを感じている時、迷っている時、感動している時、虚しい時、照れている時、悲しい時、嬉しい時──人間は様々な感情がシワに出たり、皮膚の動きに出たりするのに、「正直不動産」では主演俳優さんのみ、常時(正確には「常時」ではなく結構ムラがありましたが)お肌がつるんつるん。大変不自然だし、脇を固める俳優さん達とも肌の質感が全然合っていない。彼だけ全くもって人間味が感じられず、まるでアンドロイドのようでした。これでは、現場でたとえ繊細なお芝居をしたとしても、視聴者には伝わるはずもありません。どういった経緯でああいう処理をすることになったのかは分からないけれど、ものすご〜く残念です。
昔と比べ、今のテレビは本当に細かいところまで映ります。ですが、我が家は4Kやら8Kやらのテレビを購入する予定は全くナシ。そんなに細部まで見たいと思っていない…というより、“見たくない気持ち”が、夫婦ともに強いです。
私も夫も、好んで観るのはアニメやドラマ、ドキュメンタリー等。大自然・動物・スポーツ中継等はほぼ観ないため、“より綺麗でくっきりした画質”は必要ないのです。4Kとか8Kテレビなんて、作画や背景の描き込みが甘かったり(アニメ)、切ないラブシーン中に俳優さんの毛穴まで見えてしまったりして(ドラマ)、良いことなんて何一つございません(笑)。夢は夢のまま、虚像は虚像のままで…いえ、虚像のまま「が」いいのです。かと言って、もし全員アンドロイド並にレタッチされてしまったら、最早“生身の人間”が演じる意味が無くなります。それならいっそ、“本物のアンドロイド”を使ってドラマを作ったほうが面白いかもしれません。
テレビの画質が良くなるにつれ、本来映らなくていいようなところまでくっきり&はっきり映ってしまい、その粗をレタッチするために膨大な時間と労力、プラス莫大な費用をかけ、最後には出演者の表情が分からなくなって観る気が失せる──何だか、とてつもなく無駄な連鎖が起きているのでは?という気がしております。
数年後には、「俳優さんのお芝居が観たい!」と思ったら、直接劇場へ足を運ぶ以外の方法が無くなっているかもしれないなぁ。それはそれで興味深いし、演劇関係者にとっては吉報という可能性もなくはないけれど、映像関係者…中でもムービーレタッチ担当者は大変だろうなと思います。特に「正直不動産」は、出演予定だった俳優の不祥事があって、撮影済みだった彼のシーンを全カットしたりして既に相当苦労しているだろうに、残り8回分もあのレタッチをしなきゃいけないのかと思うと、想像しただけで胃がキリキリしてくる…。
ムービーレタッチは、化粧品等のCMには欠かせない技術だと思います。でも、ドラマにおいては制作側も出演者も視聴者も、誰も望んでいないんじゃないだろうか。少なくとも私は、俳優さんのお芝居を、表情を、ちゃんと感じられるドラマが観たいです。だから、“映像もレタッチして当然の時代”が到来しないことを、心の底から祈っています。