女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記

同じ顔

今クールのドラマは面白い作品が多く、久しぶりに「全話観たい!」と感じるものがたくさんあります。「珈琲いかがでしょう」(テレビ東京)、「最高のオバハン  中島ハルコ」(フジテレビ)、「リコカツ」(TBS)、等々。中でも異彩を放っているのが、「きれいのくに」(NHK)。公式ホームページの番組説明にはこうあります。

 

『誰しもが抱える容姿へのコンプレックスにまつわるジュブナイルSF!

高校生たちが暮らすのは、ほとんどの大人が“同じ顔”をした不条理な国──

恋愛の衝動がほとばしる“青春ダークファンタジー”』

 

正直言って、NHKっぽくない文言だなぁと感じました。「アニメなのかな?」と勘違いしそうになる煽り方だし、この3行では肝心の内容がイマイチ伝わってこない。けれど、「もしやそれが狙いなのかもしれない」とも思います。ドラマ自体がすごく不思議というか、“わけの分からなさ”を多分に含んでいるからです。

 

紹介文に「ジュブナイル」「青春」とあるため、メインターゲットは恐らく若年層なのでしょう。でも私(ちなみにアラフォーです)は、“ほとんどの大人が同じ顔をした国”という設定に強い興味を持ちました。フィクションだけどフィクションじゃないといいますか、「これは見知らぬ国の話でも、遠い未来の話でもないのでは?」と思った。この部分だけ、妙に現実味を伴っているように感じました。

 

私は前職で16年間、エンタメ系雑誌の記者をしていました。よって、天然の美男美女にも、何かしらの手が加わった美男美女にも、間近でお会いする機会が多かった。私は美容整形に賛成でも反対でもないけれど、「自分もしてみたい」とは全然思いません。何をどうしたって、生まれ持った造形美や骨格には敵わないし、メンテナンスを含めて多額の費用と“あらゆるリスク”を背負う覚悟が必要です。何より、根本として「病気や怪我以外で体にメスを入れる」「体に自ら傷を付ける」ことに対してかなりの抵抗感を持っています。同じ理由で、ピアスや刺青にも興味がありません。もし自分がするなら、イヤリングかノンホールピアス、タトゥーシールで十分だという考えです。

 

話が逸れましたね。“同じ顔”までいかなくとも、現在既に“同じような顔”の人はたくさんいます。その点で記者時代、一番苦労したのは韓流系のボーイズグループ。片言の日本語、揃いの衣装、似たような身長、似たような体型の若い男性10名前後の集団(←お顔は大体のメンバーがお直し済み)を、初対面で見分けるのはまず不可能です。ガールズグループの場合は、顔が似ていても髪の長さやメイク、喋り方など相違点が結構あるので多少見分けやすいのですが、ボーイズグループは本当に難しかった。申し訳ないと思いつつも、一人ひとりのお顔ではなく、立ち位置や座り位置で「後列左端が◯◯さんだな」と判断させてもらっていました。それくらい、“同じような顔”が揃っていた。芸能人だから“売れそうな顔”“万人に好かれそうな顔”に仕上げるのかもしれないけれど、私の目にはちっとも魅力的に映らなかったなぁ。それこそ、「みんなアプリで加工したみたいな、トゥルッとしたお顔」という印象でした。

 

一般社会においても、整形は以前と比べてタブー視されなくなったように感じます。けれど、これから先も当分の間マスク生活が続くだろうし、目元以外は人前に晒す機会がそれほど多くない。そうなると、「顔ってそんなに重要? 整形してまで?」という思いにもなります。美男美女には美男美女の悩み(「周囲はどうせ顔しか見ていない」とか「普通に優しく接しただけで、たちまち相手に惚れられてしまう」とか)があり、そうでない人は「自分が可愛かったら」「もっとカッコよければ」という理想やら願望やらがある。どちらの気持ちも理解出来るけれど、だからといって「ほとんどの人間が同じ顔をした国」へと突き進むのはちょっとなぁ…。

 

私も美しい顔立ちはもちろん好きだし、本能的に目で追ってしまうことだってあります。でも、「そうじゃない顔が嫌いか?」と言われるとそんなことはない(“生理的に受け付けない顔”というのはありますけどね)。お顔の美しさだけで恋に落ちたりとか、友達になったりとかの経験もない。確かに、若いうちはもともと美しい人のほうが有利な場合もあるかもしれません。でも、生き様や内面がカッコよかったり、肉体やお洒落に磨きをかけたりすれば、いずれあまり関係なくなるような気がします。ただ、人でも芸術品でも音楽でも風景でも、“感動するしかないほどの圧倒的な美”や、“自然と涙が溢れてしまうような美しい存在”に出会った時──。それはもう、ひれ伏す以外ないというか、ひたすらに称賛したいというか、屈服してしまいたい気にさえなる(笑)。「美しいものが好き」という気持ちには抗えないし、抗いたいとも思わない。


何というか、「ありがとう」と言いたくなるんですよね。こんなに美しい景色を作ってくれて、こんなに美しいメロディーを奏でてくれて、「私の心を思いきり震わせてくれてありがとう!」と。同じように、とんでもなく整った&美しい顔立ちの人に出会った時、「ありがとう」と思います。目に、心に、指先にまで栄養が行き渡っていく実感があり、自然と笑顔に、そして元気になる。昔、ライバル誌の大先輩が「美しい人はね、“美しい”という時点で既にもんのすごく価値があるの。他には絶対代えられないの。だって、いるだけでみ~んなを健康にしてくれるんだから♡」と言っていたけれど、その意味の深さを当時(20代半ば)はあまり分かっていなかった。「はぁ…。そういうもんスか?」という感じでボーッと聞いておりました、相済みません(笑)。

 

さてさて。今後「きれいのくに」がどうなっていくのか、全くもって展開が読めません。ドラマ内に登場する大人は、大多数が男性=稲垣吾郎さん、女性=加藤ローサさんのお顔です。あっちもこっちも、道行くサラリーマンもすれ違うカップルも、ニュースを伝えるキャスター陣でさえも稲垣吾郎さんと加藤ローサさん。“美しいんだけれども確実にホラー映像”という奇妙さ…。そして、夜な夜な突き詰めて考えていたら、「人間の魅力とは一体何か?」というところまで行ってしまいました。


“ほとんどの人が同じ顔”という世界では、相手の何に、どこに惹かれて恋をしたり結婚したりするのだろう。性格、価値観、趣味、センス、才能、学歴、勤務先、財産・資産、家庭環境、家事能力…?  「外見の差が少ない分、よりシビアな目で、まるで採点するかのように見てしまうのでは?」と想像して、何だか空恐ろしくなりました。「みんな同じでつまらない」ということ以上に、“めっちゃギスギスしそう”“毎日息苦しそう”と感じました。今でも十分生きづらいのに、これ以上生きづらくなるのは御免だなぁ。


されど、こうやっていろいろ考えさせてくれたり、“その世界”にどっぷり浸からせてくれたりするドラマは大歓迎です。ホロリとくる作品、スカッとする作品、怖〜い作品、キュンキュンくる作品、笑顔になれる作品と、各種バランスよく、しかも良作が揃っている今クール。大好きな漫画「ましろのおと」(←若き三味線弾きの物語)もTBSにてアニメ化され、本当に本当にありがたい限り(毎話感涙しています)。エンタメ業界は長らく苦境に立たされておりますが、こうして私たちを楽しませてくれて&潤いを与えてくれて感謝・感謝です。自分の出来る範囲でお金、落とし続けます!

 

あざと子犬

皆さま、GWはいかがお過ごしでしょうか? 私はたまった家事を片付けたり、未開封だったDVDを観たり本を読んだり、以前から欲しかった靴がやっとこさ手に入ったりと、そこそこ充実した日々を送っております。そして、昭和の日(4月29日)と憲法記念日(5月3日)は女風を満喫してまいりました。こんなに短いスパンで利用したのは初めてだけれど、「女風三昧のGWを過ごす」と決めていたからよいのです、大奮発です(笑)! 

 

まずは第一弾、“昭和の日”をレポートしますね。

 

指名したのは、お気に入りセラピストの一人・子犬ことNさん。女風体験記「子犬を愛でる」を読んでくださった方はご存知かと思いますが、彼とは前回、合意の上で性行為に及んでいます。その後カラダが疼いて仕方なかったけれど、いつの間にか収まっていました。だから、ごくフラットな気持ちでNさんに会えた。

 

待ち合わせ場所からホテルまで、そしてホテルに着いてからも、彼は相変わらずの子犬っぷりを発揮。手やら腰やらいろんなところを触るのはもちろん、私の胸に顔をうずめたり、太腿に頭を乗せたりと怒涛のスキンシップ攻撃です。そういえば、いつもNさんを抱きしめるばかりで、抱きしめられたことはあまりないような気がする。まぁ、彼すごく華奢だし色白だしお肌つるつるだし言動も顔もカワイイから、「この人に抱きしめられたい」っていう感情も特にないんですけどね(笑)。

 

あと、Nさんは読書家&博識で話題が大変豊富。その日もイチャつきながら実り多き話を30分ほどし、各々シャワーへ。下着+ガウン姿で待っていると、下半身にバスタオルを巻いた彼がバスルームから出てきました。「あれ? ガウンもう一枚あったよね?」と尋ねたら、「うん。でも要らないかなと思って」とタオルを取り、すぐさま全裸に。Nさんは“施術前から下着をつけない派”だし、確かに要らないと言えば要らないのだけど、ムードがないというか何というか、あれはちょっと残念でした。私が脱がせたかったのにな~。

 

そしてベッドの上で向かい合い、優しくキスしてくれたと思ったら、前回同様マッサージなしでいろんな攻めがスタートしています。当日は仕事の疲れがたまっていたこともあり、普通のマッサージをガッツリ受ける気満々でした。「いやいや、この前受けれなかったし、今日はマッサージしておくれよ」と伝え、一旦仕切り直します。やっぱり彼、マッサージ上手いなぁ。極楽、極楽♪

 

でも何だか短めに終わってしまい(笑)、早くも性感マッサージへと移行。その性感も大して時間をかけないうちから、Nさんの秘部は完全にトランスフォーム。そうですか、そうですか。元気で何よりだし、私の経験上はそういう(=反応している)セラピストさんのほうが多かったから、別段気にせず身を委ねます。けれどしばらくすると、「すごいムラムラしてきちゃった。ねぇ、今日もエッチしたいな。挿れてもいい?」と彼。う~ん、今日の私はどっちかって言うとエロスよりも癒やされたい願望が強く、「セックスしたい」とは思っていない。「そうだなぁ…」と即答せずにいたら、つぶらな瞳をウルウルさせつつ「お願い! 僕、◯◯(←私の名前)と一緒に気持ちよくなりたいな♡」の台詞。はぁぁ、私って、自分のセールスポイントを把握しきった、あざとカワイイ生き物に弱いんだよなぁ。Nさん、キミは一体いくつの時から己の可愛さに気付いていたのでありましょうか? あ、生まれつきか。だって子犬だもの(笑)。

 

そんなこんなで結局OKしてしまい、この日の彼は合計4回発射。実に元気だ。ただ前回と違い、私のほうはそこまで気持ちよくありませんでした。よって、2回目を終えた後「ちょっと試してみない?」と、今までしたことのないプレイを提案。私は基本ニュートラルですが、SにもMにも興味を持っているし、ある程度相手に合わせることが可能です。Nさんは多少Mっ気があるため、彼に目隠しをして視界を奪い、“Sっぽい攻め”に専念してみました。例えばこんな具合。


敢えて何もせず、少し放置する。唾液を垂らし、バストトップをグリグリしたり強めに弾いたりする。彼の口に、私の指を突っ込んで「上手にしゃぶって」と命じる。「今自分が何をされているのか」を言わせる。秘部にあんなことやこんなことをしちゃう。挿入すると伝えずに、唐突に騎乗位で犯す…等々(過去の“M彼氏”たちに要求された技の数々を総動員・笑)。


Nさんの紅潮した顔や、こらえようとしても漏れてしまう甘い声は堪能できた&めちゃくちゃ可愛らしかったけれど、私自身はそんなに興奮しませんでした(真性のSじゃないから当たり前といえば当たり前ですが)。単に彼を楽しませただけで終わってしまったなぁ(笑)。それに、“いつでも本番が出来る人”認定されてしまったような感じもして、何となくモヤモヤ。私が思う“プロ意識”と、彼が思うそれとは違うというか、「もしやだいぶ開きがあるのかもしれない」と感じました。

 

Nさんとは話していて本当に楽しいし、毎回新しい知識を得られるから勉強にもなります。でも、現時点では「しばらく指名しないでおこうかな」と思っています。次回指名するとしたら、それは多分、彼とじっくり話をしたい時か、「セックス」がしたい時。“いつでも本番が出来る人”と思われているなら、こちらもそれを利用すればいいというか、考えようによってはすごく便利な存在となり得ます。前回のように、“セックスへの欲求が高まっている時”なら私も楽しめるだろうし、「お金は掛かるが、秘密が漏洩してしまう心配も、あとくされも一切ないセフレ」と捉えれば、それはそれで全然アリな気がします。むしろウェルカム♡

 

女風ユーザーとなって、かれこれ1年半。私は、“女風の未知なる便利な使い方”を発見してしまったのかもしれません♡♡♡

 

 

 

 

「何も、感じない」

日本という国は、近い将来なくなるかもしれないなぁ──。先日、あるドキュメンタリー番組を観ていてそう思いました。


ザッピング中にたまたま見かけて途中から視聴したため、番組タイトルなどは分からないけれど、内容からして恐らく単発ものだと予想します。出演者は、大学1年生(この春から2年生)の一般男女数名。出演といっても顔は一切映っておらず、彼ら自身がスマホのレンズを向けて撮影したであろう動画に、それぞれ“今思っていること、考えていること”を言葉で乗せた映像(声も本人)がそのまま流れる構成でした。余計なテロップや、プロによるナレーションがついていない映像は非常に生々しく、約1年に亘る彼らの怒りや憤り、悲しみ、不安、諦め、ささやかな喜びなど、“日々揺れ動く気持ち”がダイレクトに伝わってきた。気が付けば、右手にリモコンを持ったまま、お茶を飲むことさえ忘れて最後まで見入っていました。


各々主張は違いましたが、共通していたのは「なぜ若者ばかり」「なぜ大学生ばかり」というやるせなさです。『最初の緊急事態宣言(’20年春)の時は“みんなで一緒に”って感じがあったけど、以降もずっと我慢したり、悪者にされたりしてるのは若者。一部にフォーカスすれば、バカな若者も確かにいる。でもほとんどの学生は真面目に勉強してるし、極力家から出てない。なのに、大人は会食だの何だのやりたい放題。「自粛せよ」と言ったのはどの口だ? あんたらふざけてるのか? 入学式もなく、キャンパスライフも送れず1年間我慢し続けたのに、コロナは収まらないし大人は好き勝手にやってる。世の中クソだ』(要約)


彼らの言い分はもっともだ、と思いました。貴重な4年間のうち、既に1年を棒に振ってしまっている感覚が強いだろうし、「なぜ自分たちばっかり目の敵にされるのか?」という怒りや疑問を抱えて鬱々とする気持ちは痛いほど分かります。でも、怒っているうちはまだいい。エネルギーに満ち溢れているから。注視すべきはその先です。


ある女性は、「何も残らない1年だった。はじめのうちは怒りとか恨みとかがあったけど、一周まわって何も感じなくなりました。やる気とか頑張る気持ちとか、そういうのはもうない。適当に生きていければそれでいいです」と力なく呟いていました。ある男性は、「大学を撮っています」と実況しながら、自室のパソコン画面を撮影していました。彼にとっての「大学」とは、1年間オンライン授業を受け続けた“自分のパソコン”…。あの映像は、観ている私まで辛い気持ちになる、でも、“彼らの現実”をリアルに感じさせてくれる数秒間だった。そしてその男性は、「将来子供は欲しくない。可哀想だから」というようなことも言っていました。


私も生涯、子供をもうける気はないけれど、それは“自分自身が望まないから”に他なりません。でも彼の場合、「せっかく生まれたって、こんな世の中じゃあ気の毒だ」という視点で考えているように感じました。自分ではなく、生まれてくる子供の身を案じている。彼はきっと、心根が優しい人なのでしょう。「クソだ」という状態になっても、誰かのことを思いやれるのだから。


信じられる大人がいない国で、「頑張ろう」という気を持ち続けるのも、子を生み育てようと思うのも、夢や希望を抱くのも、だいぶ無理があります。老い先短い政治家の爺さん連中は、「自分たちが逃げ切れればそれでいい」と考えているかもしれないけれど、そのツケは必ず回ってくる。若者を大事にしない国に、繁栄や未来があるとは考えにくいです。あなた方のかわいい孫だって、あなた方のせいで苦しむことになり、やがて国ごと、それも猛スピードで滅んでいく可能性も大いにある。昨今の“お偉い方々”の様子を見ていると、むしろ「国を消失させたくて仕方ないんじゃないか?」とさえ思えてきます。まぁ、それもまた運命というか、最早どうでもいいというか、滅びるなら滅びてしまえばいい。


大学生の彼女がつぶやいていた、「一周まわって何も感じない」という言葉が、日を追うごとにじわじわ響いてきます。私は楽観的な性格だし、転職したばかりで気力や活力は十分にあるけれど、時折「何もかもどうにでもなれ。私の知ったことではない」という思考に陥ってしまいそうな瞬間があります。でも、それが悪いとは思いません。人間、誰しもガス抜きは必要だし、投げ出さなきゃやってられない時だって多々ある(特にこの1年は)。私には「不要不急の代表格」としか思えないオリンピックも、お偉いさん方は一向に中止を決定しません。本当、こんなんじゃやってられないです。


そんなわけで、このGWは“女風三昧”で過ごすことに決めました。気持ちよくなって&癒やされまくって、且つ微力ながら経済を回したいと思います。それではこれより、お気に入りセラピストさんとの待ち合わせ場所へ向かいま〜す♪

 

要・コミュニケーションスキル

転職して1ヶ月弱。現在、社員の約半数は完全在宅勤務or週1〜2回の出社です(私自身は完全出社組)。よって、直接会ったことのない方も結構います。一応zoomで顔合わせはしたし、定期的にオンラインミーティングもあるけれど、全員の顔と名前が一致するまでにはもう少し時間が掛かりそう。中途入社・新卒入社ともに歓迎会的なものもないので、何というか、“ぬるっと仲間に加わりました”感が強いです(笑)。


さて。出社組は当然、全員マスクを着用しています。そのため、毎日同じオフィスにいても顔立ちはよく分からず、外ランチもたまに…それも少人数でしか行かない&ワイワイ話したりもしないからそこまで親交は深まらない。けれど、業務にさしたる支障や弊害はありません。「顔や年齢、学歴・経歴、家庭環境なんか知らなくても、仕事には大して関係ないんだなぁ」と、日々実感している次第です。おしゃべり好きな私としては、“お昼休みにどうでもいい雑談をしてリフレッシュ!”が出来ないのはちょっと寂しいですけどね。


そして、これからの時代、“より高くて柔軟なコミュニケーションスキル”が要求されるだろうなとも感じています。対面しない分、必然的に電話やオンライン会議、メール・LINEでのやり取りが増えます。だからこの部分が苦手な人は、かなり苦労することになるかもしれない。誤解を招くような発言が多かったり、レスが遅かったり、分かりづらい文面や抜けの多い文章、失礼な文章しか書けなかったりすると、「この人と一緒に仕事したいな」と思ってもらいにくい。直接会って手に入れる情報…つまり人柄とかバックボーンとかが掴めないから、「画面の中のその人」で判断するしかないですもんね。


入社組だけに絞ってみても、たった1ヶ月で既に差がついてしまっています。諸先輩方から可愛がられる人、そうでもない人、仕事を丁寧に教えてもらえる人、割と放っておかれる人──。


例えば、同じ「これポストインしてきて〜」という指示。Aさんは元気よく「了解っす! すぐ行ってきます!」、Bさんは実に愛想のない感じで「いいですよ」の返事。2人とも新卒なので、立場は全く同等です。ベテラン経理さんによる指示だから、正しくは「承知しました」なのだけれど、気持ちがいいのはAさんのほう。目上の人に向かって「了解っす」はダメですが、それより問題なのは、無愛想極まりない「いいですよ」。新卒で、特にまだ役にも立っていない試用期間中の社員が、なぜ上から目線の受け答えなのか。Bさんのしゃべり方に抑揚がないことも手伝って、「してあげてもいいですよ」に聞こえて仕方ない。一体何様なのか(笑)?


Bさんは、オンラインミーティングでも社内メールでも、一事が万事、そんな調子です。当然のごとく、可愛がられるのはAさんのほうだけれど、Bさんは“その原因が自分にある”とは気付いていないようで、「Aばっかり贔屓されてる」と卑屈になり、ますます可愛がられなくなる“負のスパイラル”に突入。直属の上司が理由を話して指導した時も、素直に聞かないというか、「うわぁ、何の実績もないのにプライドだけ高いタイプか〜。めんどくさ…」とその場にいる全員が思っても仕方ないような態度を取っていた。


新卒だし、分からないことがあるのはもちろん構わないのですが、“知らなくて当たり前”“教えてもらって当たり前”という素振りを見せたり、対面であれメールであれ「すみませんでした」「ありがとうございます」が言えなかったりすると、上司だって「無知でさーせん! 勉強になるっす!」と言葉遣いはアレだけども(笑)素直&“成長する気”があるAさんを可愛がるのは当然だと思う。私も、Bさんの社内メールには毎回イラッとしています。彼は、誰に対しても“上からの物言い”しか出来ないんだろうなぁ。これまで23年間生きてきて、注意してくれる人が皆無だったのか、はたまた注意されても直す気がないのか…。社長と人事部長は、どうしてBさんを採用したんだろう。何かすごい才能の持ち主とか?


仮にそうだとしても、「類い稀な才能があるから、他のことには目をつぶる」とはなりません。メールやオンラインでのやり取りが多いということは、すなわち“感じのよろしくないBさん”の印象が相手に濃ゆ〜く残ってしまうわけで、そんな人に「大事なクライアントを任せよう」とは誰も思わないでしょう。Aさんも今のままではマズイですが、彼の場合は“成長する気”と“学ぶ気”があることが一目瞭然なので、将来的に任せることは多分可能。それに、多少フランクな言葉遣いが残ったとしても、明るい笑顔と素直さ、人懐っこさでカバー出来るような気がします。「男は度胸   女は愛嬌」という、誠に古くさ〜い&性差別全開(笑)の諺があるけれど、度胸だって愛嬌だって、男も女もそれ以外も、持ち合わせていて損はないと思う。愛嬌とか可愛げとかがある人はとっても魅力的だし、何より声を掛けやすい。どんなに才能があっても、「あの人に連絡しよう」「仕事を依頼してみよう」と思ってもらえなければ何も始まりません。その入り口が電話やメールなのに…Bさんの課題はいろいろあるけれど、まずはそこからだろうなぁ。


ちなみに、私の目下の課題は「隣席の先輩へどう伝えるか」です。先輩はすごく優しくて仕事も出来る方なのですが、何せ体臭がキツイ。制汗スプレーやシート等のデオドラント商品は使っているみたいだけど、彼の場合、汗じゃなくボディーそのものから漂うニオイなんですよね…。かといって、香水をじゃばじゃば振り撒かれても困るし、どう伝えたらいいのか悩み中です。現状、これでもかとフィットするマスク+マスク用アロマで自分の顔周りを“いい香り”にすることで誤魔化しているけれど、真夏を迎えたらもっとニオイがキツくなりそうな予感。何か素敵な解決法、ないかしら…(切実・泣)。

 

【コラム㉝コースいろいろ】

女風の「各種コース」や「時間」は、料金と合わせてどのお店も公式ホームページに詳しく掲載してあり、大変バラエティー豊かです。私が利用したことのあるお店(計6店舗。以下順不同)では、デートコース、施術コース、お泊まりコース、旅行コース、3Pコース(ダブルセラピストやカップル等)のほか、撮影が出来たりだとかSMっぽいことが出来たりだとか、さまざまなオプションも用意されている模様。私はデートコースと施術コースしか利用経験がないけれど、興味津々なのはダブルセラピストコース。いつの日かチャレンジして、めくるめく快楽とゴージャスさを味わってみた~い!…って、話が思いきり逸れましたね(汗)。


さてさて。コース時間は大概、最短で90分。長い人だと300分(=5時間)とか、中には“お気に入りセラピストを1ヶ月丸々独占”したりするユーザーさんもいると聞き及んでおりますが、スタンダードなのは90分、120分、150分、180分あたり。私には120分コースがちょうどよいので大抵そうしているけれど、これも人によって好みが大きく分かれるかと思います。なので、参考程度に読み流してくださいませ。


まず、90分だと「お試し」という感覚が強いです。思ったより時間的余裕がないというか、あっという間に過ぎ去ってしまうため、若干慌ただしく感じるかもしれません。ただ、女風初利用ですごく緊張していたり、元々メンズとの営み自体に免疫がなかったり、或いは新規のセラピストさんを文字通り「お試し」してみたい方には一番合うんじゃないかなと思います。気に入ったら延長すればいいですしね(注/延長出来るのは、セラピストさん側のスケジュールがフリーな場合に限ります。プラス、延長料金は通常料金より割高に設定されていることが多いので、あらかじめ諸々確認しておく&十分な予算を準備しておくことをオススメ致します)。


続きまして。120分は、普通のマッサージ+性感マッサージをしっかり施術してもらったとしても、そこそこゆっくり出来る時間設定だと思います。シャワーやマッサージをすっ飛ばしてエロスを貪るタイプのセラピストさんだと、終盤にはこちらも体力を消耗して結構ぐったりしますけれども(笑)、いざタイムアップを迎えた時「もうちょっと一緒にいたいなぁ」と感じます。それが私の場合は100分くらい。だから現状、私にとっては120分がベストです(まぁ、お財布と相談した結果でもありますけどね・笑)。「少し物足りない」「名残惜しい」と思う気持ちが絶妙なスパイスになるといいますか、次に会うのが一層楽しみになって都合がよいのです、ハイ♪


ラストの150分&180分は、何度かリピートしているセラピストさん且つ、ある程度“気を許せる相手”でないと選ばないコースです。悩みをじっくり聞いてほしい時や存分に甘えたい時、目いっぱいハグしてほしい時だけ…という感じでしょうか。マッサージが上手いセラピストさんの場合は、時間をかけて全身たっぷり揉みほぐしてもらうのもアリだけれど、だったら行きつけの、ごく普通のマッサージ屋さんへ出向くかなぁ(笑)。せっかく女風を利用しているんだし、やっぱり私は“普通じゃない方のマッサージ”を心ゆくまで堪能したいです♡

 

【コラム㉜口コミ活用術】

好みのセラピストさんを探す際、まずはお店のホームページで諸々の情報(お顔のタイプや体格、得意な施術、予約状況など)を確認するかと思います。そこで気になった人がいれば、ご本人のSNSへ飛んで、さらに詳しく見てみる…という感じでしょうか。

 

私の場合は、SNSまで飛ぶ前に、お店のホームページ内にある「口コミ欄」や「レビュー欄」をチェックします。ただし、口コミ自体を鵜呑みにすることはしません。飲食店でも映画でも同じですが、人によって“美味しい・美味しくない”“面白い・面白くない”の基準は全然違いますし、サクラや荒らしが混じっているケースもありますから、レビューを全面的に信用することはないです。けれども、参考にさせてもらうポイントはいくつかあります。

 

まずは、「無口」「寡黙」「クール」「テンション低め」等のコメントが、複数のユーザーさんから寄せられている場合、そのセラピストさんは指名候補から外します。私は喋るのが好きなこともあり、会話の弾まない相手と、わざわざお金を払ってまで時間を共有したいとは思いません。“気持ちいい・気持ちよくない”“カッコイイ・そうでもない”というのは好みによるけれど、「無口」というのはある程度共通して感じることだと思うので、何割かのユーザーがそう書いていたらそこそこ信憑性があると考えています。

 

2つ目は、ユーザーさんが書いた口コミへの対応の仕方(コメント返し)です。コメントの返し方で、人柄やユーザーとの距離感、言葉遣い等、かなりのことが分かります。実生活でもそうですが、メールやLINEで「丁寧なんだけど、どことなく感じが悪いな…」とか「ん?」とか“何かしらの引っ掛かり”がある人は、実際会った時も大抵感じが悪いといいますか(笑)、少なくとも私とは合わないことが多い気がします。なので、コメント返しの文面を読んで違和感があるセラピストさんは、指名候補から除外。その方が、お互いのためにもいいですからね〜(指名後にキャンセルしなくて済む・笑)。

 

最後は、“古い口コミと新しい口コミの読み比べ”です。そのセラピストさんが、例えば職歴半年だとしましょう。半年前の口コミと直近の口コミを比較してみて、成長が見られないようなら候補から外します。新人の頃は至らない点があって当たり前だけれど、半年経っても同じような不満やマイナスポイントを指摘されていたら「成長していない、つまり努力していないんだな」と判断。これも実生活と同じですが、ある程度の期間同じ仕事や勉強をしているにもかかわらず、全く伸びない場合は、そもそも向いていないんだと思います。向いていない人は、“その分野に向いていて、且つ努力をし続ける人”には、どうあがいても勝てないと思う。いくらその職種や学問が好きでも、向いていないものは向いていないのだから仕方ありません。

 

ちなみに、私は何においても口コミを書かない派です。お気に入りのカフェも、めちゃくちゃ面白かった映画や本も、大好きな歌手のアルバムも、とっても気持ちよくて素敵な時間を過ごさせてくれたセラピストさんも、はっきり言って他の人に紹介などしたくない(笑)。出来れば独り占めしておきたいです。プラス、やはりあくまで“私の感想”でしかないので、100人いたら100通り、別の感じ方が存在します。私の感想を読むことで、万が一にも先入観を持ってほしくないし、“その人の意見”を無意識のうちに奪いたくないのです。私が書く「女風体験記」に、具体的な店名やセラピストさんのお名前を載せないのもそういう理由からです(もちろん、プライバシー保護の意味合いも大きいですけどね)。「どのお店のどのセラピストさんが」ではなく、単に「こういう施術をしてもらって、私はこのように感じました。よければお読みください」というスタンスで、今後も綴っていけたらと思っています。

 

以上、独断と偏見に満ち満ちた(笑)、「我流口コミ活用術」でした!

 

勉強、勉強、また勉強

アラフォーにして、人生初の転職を致しました。新たな職場に勤め始めて約1ヶ月。率直に申し上げて──


めちゃくちゃ楽しいです~♡


私は前職(エンタメ系雑誌の記者)が心から好きだったし、「天職だ」と思い長年勤務していました。けれど同時に「第二、第三の天職もあるだろうな」とも感じていた。その“第二の天職”と、ありがたいことに出会えちゃった予感がしております!


私の新しい仕事は、印刷物の校正・校閲。対象は書籍や絵本、教科書、パンフレット、エンタメ作品のパッケージなど実にさまざま(昨今は映像作品の字幕やテロップの校正も多いです)。前職でも日常的に校正していたし、何を隠そう大得意で、校了間近になると「鬼の◯◯(←私の苗字)」の異名で恐れられたほど。相手が編集長であろうとクライアントであろうとバンバン朱を入れるし、時間がない中でもギリギリまで確認する&直すから「鬼」なんだそうです、ハイ(笑)。


さて。校正・校閲というのは、誤字脱字はもちろん、事実の確認、差別表現がないか、表記は統一されているか、整合性は取れているか、行頭禁則はないか、改行位置や字間は正しいか…等々、それはそれは膨大なチェック項目があります。相当な根気と集中力を要するため、出版界でも苦手とする人は少なくないけれど、私は昔から割と好きでした。「文字やフォント自体が好きで、そもそも強い興味と関心がある」「誤字脱字にすぐ気が付く」という私の特性も、大きく影響しているかもしれません。


例えば小説。後半の盛り上がってきたところで一つ誤字があると、それだけでガッカリ…というか興ざめして一気に現実世界へと引き戻されてしまう。例えば音楽誌。曲のタイトルや歌手名に誤りがあった場合、“それ以外の情報の正確性”にも疑いを持ち、全体の信用度が下がる。そして、記事を読んだ歌手本人をはじめ、彼らのファンも不快な気持ち、残念な気持ち、悲しい気持ちになってしまう。私自身も学生時代、好きな歌手のライブレポートを心底楽しみに音楽雑誌を買った際、セットリスト(曲目表)に誤字が多くてショックを受けたことがあります。お金がない中、学生にとって決して安くはない値段の雑誌をワクワクしつつ買ったら、一番好きな曲のタイトルが間違っていた。その時はだいぶ悲しかったけれど、経験としては良かったです。いざ自分が“作る側”になった16年前、「読んでくれる人にああいう気持ちを味わせたくない」と思うことが出来たので。よって私は、前職でも校正・校閲を重要視していました。物事には妥協していいポイントとそうでないポイントがありますから、たとえ「鬼」と言われようとも(笑)、そこは頑として譲らなかった。


ただ、転職先では前職の校正・校閲と決定的に異なる点があります。前職では、基本“自分たちが作っている雑誌”のみをチェックしていました。私をはじめとした記者数名・編集長・外部ライターが書いた記事、歌手本人または著名な劇作家さんの連載記事他、“概要を把握している状態”で校正するわけです。しかもジャンルは音楽やお芝居など、私の大好物ばかり。だから、どんなに文章量が多くても「一体何のこと言ってるの?」とか「本当にコレで合ってるのかな…」とかいうことは少なかった。でも、今の職場で校正するのは“知らない人が書いた、且つコチラ側はそこまで知識を持ち合わせていない内容”がほとんどです。プラス、大抵著者のクセやこだわり(例/くださいor下さい、ビジュアルorヴィジュアル、故郷・古里・ふるさと・ふる里等)を知らされないので、校正しながら“己の感覚”で掴んでいく必要があります。かなりの記憶力、理解力も要求されます。


ですから、最初は「イヤとんでもなく大変なんですけど~(泣)!」と根を上げてしまいそうでした。未知の業界を描いた物語や、初めて観る映像作品の場合、まず“それ”について勉強しなくてはいけません。時に刑事、時に高校生、時に諜報員、時にアーティストと、ストーリーや舞台が変わる度にその世界の住人となり、一通り説明出来るくらいには知っておかないと、「校正」は出来ても「校閲」は難しい。想像以上に幅広い知識(もしくは知識を得る努力)と、あらゆる意味での“勘”が求められる仕事だと実感しています。


でも、1ヶ月働いてみて思うのは、「面白くて、やりがいがあって、誰かの役に立てる。何て素晴らしい仕事なんだろう!」ということ。ミスを防ぐのはもちろん、「誤読させてしまう可能性もありますがOKですか?」とか「◯ページ目ではこう書いてあったので整合性取れてません」とか、「ちなみにこういう表現もあります」とか指摘・提案した結果、その媒体がより良くなったり、ユーザーさんに誤解を与えないで済んだりした時、何というか…じんわり嬉しいんですよね。記者としていろんな記事を書いて、読者の方々が喜んでくれた時の“爆発的な嬉しさ”とはまた違うけれど、しみじみ「あぁ、ミスなく発行(発売)出来て良かったなぁ」とほっこりする。提案が採用されようとされまいと、正直それはどっちでもよくて(完全なる間違いは訂正してくれないと困りますが・笑)、“より良い作品づくり”に協力出来た喜びっていうんでしょうか。それはなかなか代え難いものがあります。調べものは多いし眼精疲労はヒドイし座りっぱなしで腰も痛いけど(笑)、毎日すごい充実感と達成感があるのも確かです。自分で言うのもアレですが、この仕事、もんのすご〜く私向きだと思う。


ただし、3ヶ月は試用期間です。会社が私を試す90日間であり、私が会社を試す90日間でもある。お互いを見極めるには、ちょうどよい期間設定かな~と思います。まだまだ教えてもらうこと、分からないことがたくさんあるけれど、現時点ではこの職場…というか「校正者」の仕事に大きな魅力を感じています。紹介してくれた転職エージェントさんに感謝です。どうもありがとう♪