女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記

職業選択の自由

12/1放送のNHKクローズアップ現代」を観ました。タイトルは「“パパ活”の闇 コロナ禍で追い詰められる女性たち」。テーマとしては、“コロナで浮き彫りになった、女性たちの貧困問題”というような感じ。パパ活一本に絞った内容ではなく、やむを得ず性産業に身を投じる女性や、行き場のない10代学生に迫る危険(SNSで「寂しい」とか「人に会いたい」とかをつぶやいてしまい、それを見た大人の男性が諸々の狙いを定める)なども取り上げていました。


さて。視聴中、私が驚いたことは2点。


何人かの女性がVTRで登場し、インタビュー取材に応じていました。例えば、「コロナの影響で夫の収入が激減。ストレスによって家庭内での暴言が増え、生活費もまともに貰えません。外で働こうにも未就学児が2人いるため長時間勤務は難しいし、パパ活で稼いでいます。性暴力の被害に遭った経験もあるけれど、今はそれしか(稼ぐ)方法が分からない」という30代女性。彼女の場合、事情が事情です。共感は出来ないまでも、まだ「理解しよう」と努められる。されど、20代女性の話は全然分からなかった。「コロナで派遣切りされました。資格やスキルもないので再就職先が見つからず、コンビニでバイトしています。でも収入が少ない。それで風俗でも働いているけれど、一日8時間待機してもお客さんが来ない日もあります」。


素朴な疑問として、「彼女はどうして短期バイトをしないんだろう?」と思いました。8時間あれば、無駄な待機をせずとも他で十分働けます。資格やスキルを必要としない仕事は、世の中にたくさんある。仮に時給1,000円としたって、「お茶を挽くよりずっといいのでは?」と想像するのですが、当事者にとっては違うんだろうか…。う〜ん、分からない。


今はしかるべきサイトで、いくらでも単発バイトを募集している時代です。業種はさまざまですが、そこまできつい仕事じゃなくても一日のみ働いて8,000円なり10,000円なり稼げる(即日払いも多い)。ましてきちんとした女性(←映像にはモザイクがかかっていたけれど、身なりや話し方等の印象から)で、年齢だって20代。そういう女性が単発バイトに応募して「不採用です」なんてこと、あるのかなぁ。風俗以外の選択肢、本当にないのかな…。


もう一つの驚きは、「ママ活」については何も触れられなかったこと。パパ活にもママ活にもそんなに詳しくないので、“そういう活動”をしている男女が実際どれくらいいるのかは知りません。でも、パパ活を「個人売春の温床」というなら、ママ活だって少なからず体の関係を持つケースはあると予想できるのに、触れられることは一切ありませんでした。番組内で「ママ活」という単語さえ出てこないのは、個人的にはものすご〜く違和感がありましたね。それとも、ママ活特集的なものは既に放送されたことがあるとか?


私は約1年前から女風ユーザーだし、もともと風俗に対して否定的ではないので、もし初対面の人に「風俗で働いてます」と告げられても「あぁそうですか」くらいの薄い反応しかしないと思います。ただ、その職に就いていることが本意ではないとか、辛くて仕方ないとかだったら「とりあえず辞めて、別の仕事を探したほうが建設的じゃないでしょうか?」と助言するかもしれません。風俗であろうとなかろうと、仕事は楽しいほうがいい。何事も“嫌々やる“のは精神衛生上よくないと思う。


いろいろなことを考えさせられる内容でしたが、NHKでは12/5(土)の夜にも女性の雇用(コロナ関連)についての番組を放送すると告知していました。現状、そちらも観てみようかなと思っています。

 

“辞める”才能

過日、前職で担当していた歌手から久々にLINEをもらいました。何かと思えば、「歌で食べていくのを諦めて、違う職に就く」という連絡です。残念だけれど仕方がないし、そう決断すること自体、大変な勇気が要っただろうと推測できます。私見ですが、自らその道を選べる人は才能があると思う。“好きなことを辞められる”という才能です。


彼は幼い頃より歌が大好き。親からも周囲からも、その高い歌唱力を認められ、褒められ続けてきた人です。実際、歌は誰が聴いても「わぁ、めっちゃ上手い!」と感じるレベル。ただし、正直に言ってしまえばそれ以上でもそれ以下でもない…つまり上手い“だけ”。私は彼の人柄や、努力を惜しまない姿勢、ファンへの優しい態度等を尊敬しているけれど、歌そのものにはそこまで魅力を感じていなかった。お手本歌唱的というか、深い味わいや“彼ならでは”の特徴だったり、多くの人に「理由は分からないが、何としても彼のライブを観に行きたい」と思わせるような歌声を持っているわけではないからです。今まではそんなこと、当然ながら本人に伝えようなんて思いませんでした。でも今回連絡をもらって、文字でやり取りした後「電話してもいいか?」と問われ、長時間話をしました。その際「もう辞めるんだし、本音で答えてほしい。嘘とか気遣いとかはナシで」と懇願されてしまった。質問事項としては──


・自分の歌の率直な感想

・「この人は売れる」と思ったか? 

・生歌を聴いて“心に響いたこと”はあるか?


…等々、かなり突っ込んだ内容でした。どうするべきか、少し迷いました。自分が現役の記者だったら、相手に「僕はもうこの世界を去る人間なんだから」と促されたとしても、本心は伝えなかったと思います。でも、私も彼も離職した(する)身。そして彼は“本音の評価”が聞きたくて、わざわざ私に連絡してきている。であれば、希望に沿ったほうがいいだろうと判断。よって、オブラートに包みつつ「あなたの歌は確かに上手いが、それ以上でもそれ以下でもないと思う」「誰が売れるかなんて私には分からない。もしそれが分かる目を持っていたら、記者ではなく有望な人材を発掘する仕事に就いている」「あなたの人柄や仕事への取り組み方には感銘を受けたけれど、“あなたの歌そのもの”が私の心を震わせたことはなかった。でもそれはあくまで私の感想であって、他の人がどう捉えているかは分からない」というような話をさせてもらいました。


わずかに沈黙があり、「そっかそっか。正直に言ってくれてありがとう。やっぱ◯◯さん(←私の名前)に連絡してよかったな〜。ちゃんと答えてくれると思ったよ」との返事。この時、「ひょっとして彼は、『辞めると決めてはいるけど、誰かに背中を“もうひと押し”してもらえたら…』と望んでいたのかもしれない」と感じました。だから、頼めばはっきり言ってくれそうな私を選んで電話したんじゃないだろうか。


それから小一時間、思い出話に花を咲かせた後、「あとね」と付け加えられました。「◯◯さんが書く僕の記事、母親が毎回楽しみにしてたんだ。小さくても大きくても、全部買ってスクラップとかしちゃってさ(笑)。母が、『息子の人生を記録してくれてありがとうございます』って。それ伝えてくれって。僕からも、今までありがとうございました。いつもいっぱい写真撮って、記事書いて、インタビューもしてくれて。ステージ上での写真、大事にします。新しい仕事決まったらまた連絡するね」


電話を切った途端、我慢していた涙が一気に溢れ出しました。「え、どうしたの⁉︎   大丈夫?」と夫がオロオロしてしまうほどの大号泣。彼のご両親は離婚しており、随分前から家族はお母さん一人(お父さんは既に再婚)。お母さんに会ったことはないけれど、「女手一つで育ててくれた母」の話は度々聞いていました。でも、記事をスクラップしてくれているなんて初耳だし、まして御礼を言われるとは予想外。嬉しかったのか切なかったのか、一体どういう涙なのか自分でもよく分かりませんでしたが、彼の人生や“歌への想い”に深く触れてしまった気がして、感情の昂りを抑えるのにしばらく時間が掛かりました。


彼は本当に歌が好きだし、歌唱力もあります。容姿だって平均以上。されど、プロとして“お金を稼ぐ歌”が歌えているかというと、それはまた別の話です。上手ければ売れるか、美しければ売れるか、コネがあれば売れるか…経験上、私はそうじゃないと思う。そして、売れることが全てだとも思わない。もちろん売れないより売れたほうがいいですが、売れている人が全員幸福だとは限らないし、たとえそこまで売れていなくとも、デビューできたりライブにファンが来てくれたりCDが出せたり、それだけでも相当すごいことです。誇りを持っていい、胸を張っていいと思います。


彼が今後、どんな仕事に就くのかは聞いていません。でも彼に限らず、職を変える人、新たな分野にチャレンジする人は増えていくことでしょう。かく言う私もその一人です。プラス、コロナがあってもなくても、“転職することが普通”な世の中になっていただろうとも感じています。日本人の平均寿命は年々長くなっているし、終身雇用も減りつつあるのだから、当たり前といえば当たり前ですよね。「コレだ!」と狙いを定めた職種を極めたり貫いたりすることは間違いなく素敵だけれど、そうじゃない選択肢や可能性だってたくさんあります。どれか一つに固執したり絞ったりする必要は全然なくて、その仕事が自分に合っていたら続ければいいし、逆なら辞めて次を探せばいい。二足の草鞋、もしくはそれ以上の草鞋を履いたっていい。それくらい気楽に構えていたほうが、みんな生きやすいんじゃないかなぁという気がしています。


最後に。無職の身で人の心配をしている場合でもないと思いますが(汗)、彼の就職が無事決まりますように。良い仕事に恵まれますように。もう担当ではなくなったけど、あなた(とお母さん)の幸せをいつでも願っています。

 

配偶者の呼び方

数日前、ネットで目にした記事の中に、こんなものがありました。「女性に訊いた、夫から『嫁』と呼ばれるのはイヤか否か」みたいな内容です。ちゃんと読んでいない為どういう結論だったのかは分かりませんが、私は完全に“イヤ派”ですね。


そもそも「嫁」という漢字自体が好きではありません。女+家=嫁って…一体どんなセンスなんだと疑ってしまう。同じ理由で「家内」も嫌い。どちらも女性を家に縛りつけるようなイメージがあります。プラス、「嫁に出す」とか「嫁にもらう」とかの言い方にも違和感アリアリ。昔から「物扱い? っていうか人身売買⁉︎」と感じ、強い抵抗感を持っていました。


ドラマなどで、結婚したい恋人同士が彼女の実家へ出向くシーン、よく見かけますよね。彼氏が「娘さんを僕にください!」とご両親にお願いする、例のやつです(笑)。あれもずっと「おかしい」と思っていて、感動も共感もゼロ。「くださいって何? そして父親‼︎   『娘を幸せにしてやってくれ』って何? 幸せとは“自分でなるもの”であって、誰かに与えられるものではないぞ」と幼少期より(笑)非常に冷めた目で観ておりました。


さて、配偶者の呼び方としては、妻、女房、家内、嫁、嫁さん、奥さん、カミさん、ワイフ、ハニー、夫、旦那、主人、ダーリン、相方、連れ合い、パートナー等さまざまありましょうが、我が家は妻&夫。これは結婚前に話し合い、ルールとして決めました(←ちなみに私発案)。「お前」とか「あんた」とかも禁止です。


夫は基本的に乱暴な言葉や汚い言葉を使わない人なので、必要ないといえば必要ないルールなのだけれど、「こういうことをイヤだと感じるんだ」とお互いに知っておくのは大切だと思っています。私は第三者に「お前」などと言われた場合、相手が目上の人であっても「貴様」と呼び返して「今のは失礼ですよ」と伝えることにしています。大抵「えっ⁉︎」とびっくりされますが(笑)、そうでもしないと私の他にも嫌な思いをする人が続くだけだし、意思表示しなければ気付かない人も多いからです。


偏見かもしれないけれど、私は食事のマナーや言葉遣いがなっていない大人を見ると、「あんまり育ちがよくないのかな」「教養がないのかな」と思ってしまいます。そして一定の距離を保ち、それ以上は近付かないようにする。くだけた席ならいざ知らず、公の場できちんと振る舞えない人とは「親しくなりたい」という気が起きません。先方が“今後もお付き合いしなくてはいけない人”の場合は仕方ありませんが、そうじゃなければ自分から距離を取る。相手が変わってくれるのを期待するより、自分が変わる…というか“関わらない道”を選ぶほうが早いし確実です。


我が夫は「自分のことは自分でやる」という家庭内ルール(←こちらは夫発案)を遵守しており、掃除も洗濯も自分でやります。私が「珈琲淹れるけど飲む?」と、自分の“ついで”に夫の分を淹れたとしても、必ず「ありがとう」と言ってくれる。これは小さいようで大変大きい。私は「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人が好きだし、自分もそうありたいと思って暮らしています。誰だって、目を見て「ありがとう」と言われたら嬉しい。その一言があるだけで、気持ちよく過ごすことが出来ます。


言葉というのは本当に不思議です。使い方や感じ方、捉え方一つで快適にも不快にもなり得る。他の家庭で「嫁が」とか「主人が」とか言っていても全く気にならないけれど、もし我が家で「嫁」と発せられたら「ちょっと待って、今何て言った?」と一瞬で目が据わることでしょう(笑)。私にとっては、それくらいイヤな呼び方です。夫が、その“気持ち”を汲んでくれる人で良かった。だからこそ、性行為はなくとも毎日穏やかに暮らせているのだと思います。


カラダの相性は、このまま一生分からない可能性もあります。でも、“共に暮らしていく相性”はすごくいいと感じています。やはり夫は、結婚相手として最適な人だと思う。改めて、出会えたことに感謝します。

 

感染確定

このところ、全国各地で新型コロナウイルスの感染者数が増えていますね。当然といえば当然な気もします。人が大勢動けば、その分“様々なもの”も一緒に移動してしまうわけですから…。


さて、以前「“感染”疑い」という記事内で綴った通り、8月に身近な人(夫の同僚の同棲相手)が“感染したかもしれない状況”に置かれました。検査の結果、彼女は全く別の感染症溶連菌感染症)だったことが判明。当時はひとまず胸を撫で下ろしたのですが、先日夫から「遂にウチの会社でもコロナの感染者が出た」と告げられました。


なお、感染した方の氏名はもちろん、部署や性別、年齢など、個人の特定につながるような情報は一切明かされていません。さすが大手企業、見事な対応です。


感染者といっても、陽性反応があったのは1,000人近くいる社員のうちたった一人だし、夫も10月からは月1回の出社(それまでも週1回程度の出社でしたが)で、社内の誰とも濃厚接触していない状態。感染発覚後、「ビル全体の消毒も迅速且つ徹底的に行われた」ので過度な心配はしていないけれど、恐怖心がないと言えば嘘になります。


今回は“疑い”ではなく、完全なる“感染確定”。社員数が多いため、感染者が出るのは時間の問題だろうと思っていましたが、いざ「出ました」と言われるとだいぶ怖い。この3連休はもちろん、夫に上司より連絡が入ったその瞬間から、私もスーパーと薬局以外は外出しないようにしています。引き続き「感染しない・させない」ことを強く意識しながら、毎日を過ごしていくつもりです。


夫の会社の方をはじめ、コロナの患者さん達が皆重篤化せず、無事回復できるよう祈っています。私は何も出来ませんが、極力家にいる、やむなく外に出る場合はマスクをする、必要最低限以外は喋らない等、“当たり前の行動”を取り続けたいと思います。


11月も下旬ですから、外は結構寒いです。幸いなことに、家で当分ぬくぬくしていられるだけの貯蓄はしてきました(前職で)。しばらく働かずに夫と折半しつつ暮らしたとしても、金銭面で困ることはありません。なので、今はそうさせてもらうのが一番だと思っています。数日前まで「すぐにでも転職したい」気持ちが強かったけれど、状況的に諸々考え直す必要が出てきました。やはり、自分や夫、そして周りの方々の命が大事です。


時間はたっぷりあります。イヤというほど己と向き合い、頭の中を整理することも今なら可能。そういう時間を持つ機会など、今日までの人生ではほぼありませんでした。これを“良いチャンス”と捉え、今後について飽きるまで考えてみようかなぁと思います。

 

深い仲、浅い仲

皆さんのスマホには、見知らぬ人からのLINEって届きますか? 私のもとには時折届きます。そして、面白そうだったり勉強になりそうだったりしたら、しばらくやり取りしてみたりもする…いえ、正確には「してみたことも結構ある」と言うべきでしょうか。


「勉強になりそう」というのは、例えば他言語の方。相手が英語か台湾語か北京語のネイティブだった場合、「いざ実戦!(無料で・笑)」と思いしばし会話を楽しんでみたりする。実際に会って喋るなら、仮にきちんと聞き取れていなくとも、相手の表情やリアクションを見て内容を予想することが可能です。ところが“文字だけ”となると、あちらはネイティブなので猛スピード、こちらはものすごく考えながら打つため割と遅い。ゆえに「レスが来る前に返さなきゃ‼︎」と気持ち的に追い込まれて、ほどよい緊張感で勉強することが出来るのです。そして面倒くさい匂いを感じたら(例えば「会いたい」とか「顔が見たい」とか言い出したら)ブロックすればいい。かなり気楽だし、万一内容を晒されたとしても“かりそめ”…つまり真実はほぼ書いていないので別に問題はありません。相手だって、嘘をついている可能性も高いですからね。


今は違うけれど、記者をしている間はLINEのアイコンを自分の写真にしていました。LINEで連絡を取り合っていた自分の担当歌手から、「誰だか分かんなくなっちゃうから(←登録人数が尋常じゃなく多いため)、出来ればアイコンを変えてほしい」と言われたことがきっかけです。それまでは旅先で撮った風景等あたりさわりのない写真にしていたのですが、「なるほどそうか〜」と思い、私と面識のある人なら分かる“特徴”が写り込んだ、でも顔は判別出来ない写真に変更。それは他の歌手や事務所の方、クライアントさんからも「一発で分かってありがたい」と大変好評でした。皆さん、思ってたけど言えないだけだったんですね。気を使わせてすみません(汗)。


そして、写真を変えてからというもの、見知らぬ人(男性)からのLINEが増えました。顔は分からないし、服も長袖&パンツスタイルでほとんど肌も露出していないのに不思議ですよね。以前、「大勢の人が歩いていても、なぜか狙いを定められて駅や路上でしょっちゅう道を訊かれる。多分話しかけやすいタイプなのだと思う」と書きましたが、引きの写真であっても「話しかけてオッケーっぽい人」という雰囲気が出てしまっているのかもしれません。そのあたりは全くもって謎です。


突然LINEしてくる割合としては外国人率が高いけれど、30%くらいは日本人。日本人の場合、若い方(自己申告なので本当の年齢は不明・笑)が多い印象でした。何か、男性って単純というか「カワイイな」と毎度思ってしまいます。小さな写真1枚から、勝手にいろんな想像や妄想を膨らませて、文字で少し会話しただけで「I love you」だの「好きになっちゃった」だの。私が男かもしれない・だいぶ年上かもしれない・彼氏持ちかもしれない・美人局(笑)かもしれない等々、そういう想定をしている人はあまりいなかった。明るいというかプラス思考というか、キライじゃないですよ、そういう考え方♡   そのほうが、毎日の“ワクワク度”や“幸福度”が高い気がしますのでね、ハイ。


ちなみに、やり取りした中で最長だったのは約1ヶ月半。相手は自称・インドネシア人の28歳、エンジニアでした。毎晩のように甘〜い文章(英語)を送ってくれる人で、それはそれは楽しかったです。私自身バリが大好きだし、何度か旅したこともある。ちょいちょい挟まる「現地の情報」も間違っていなかったので、すぐに親近感を覚えました。


彼の趣味(もしくは“設定”としての趣味)はサーフィン。そのため、よく海やボードの写真を添付してくれました。「美しいサンセット」という一文と、波の音&沈む夕陽だけが映った動画は最高の癒やしだったなぁ。本人のものではないでしょうが、顔写真や全身写真が送られてくることも。いかにもサーフィンしてそうな、褐色の肌と引き締まったボディーでした。「コレ、どこから拾ってきた画像なんだろう?」と思いながらも、目の保養になるし、どうせ“かりそめ”だし(笑)、悪い気は全くしなかったです。けれどある日、自撮りしたであろう動画を開いてしまい即ブロック。「君を思いながら」と、自分でしている映像でした。あれは有無を言わせず現実に引き戻された感じがして、一気に冷めましたねぇ。好きでもない人…というか、見知らぬ人の秘部(しかもすごく鮮明・笑)を直視したのは初めてでしたが、やはり気分のいいものではなかった。


それ以来、「知らない人からのLINEに応じちゃダメ」と“自分ルール”を制定。親友にその話をしたところ、「っていうかルール決めるの遅くない? そもそも何で知らない人とLINEしようと思うわけ?笑 ◯◯(←私の名前)が好奇心旺盛なのはよ〜く知ってるけどさ、そこはどう考えても無視一択でしょ」と返されて、ぐうの音も出ませんでした(笑)。


余談ですが、記者になりたての頃びっくりしたことの一つに「歌手や俳優は、関係者の前でごく自然に着替える」事実が挙げられます(※全員が全員というわけじゃないですよ、念のため)。常に時間がなかったり、“衣装はスタイリストに着せてもらうもの”という意識の方も多かったりするので、慣れればどうってことないけれど、最初は驚きました。ある歌手に、取材のアポを取って楽屋へ伺ったら「どうぞ〜」と笑顔で迎え入れてくれたのですが、その方の格好は何と!パンツ一丁。「今リハ終わったとこだから暑くて。写真撮らないなら(=インタビューのみなら)このままでいいよね?」と言われ、「はい、もちろん♪」とニッコリするほかありませんでした(笑)。彼以外にも男性、女性ともにガンガン着替える方が多く、やがて私も一切動揺しない体質に。ダンスグループのメンバーやミュージカル俳優の場合、パンツすら履いていないこともあったので(←大量に汗をかくため下着ごと着替える)、たとえ全裸、或いは裸にバスローブで諸々チラ見えしつつ迎えられても「おはようございます、本日はよろしくお願い致します」と普通に挨拶していました。恥じらいゼロの世界です(笑)。


一方、我が夫の秘部は…いや、秘部どころじゃないな。上半身裸でさえ見たことがないし、私も見せたことがありません。夫婦だけれど、このまま一生見せ合わない可能性も大いにあります。


長年担当していた歌手・俳優の中には、体も心も“裸に近い状態”を見てきた人もそこそこいます。そう考えると、「人間関係ってつくづく面白いなぁ」と思いますね。裸を見ているから“深い仲”とは限らないし、見ていないから“浅い仲”というわけでもない。女風もそうです。とんでもなく卑猥なことをしたり言ったりするのに、関係性としては決して深くない。「なら浅いのか?」と問われたら、それも違うような気がする。


一つ言えるのは、深かろうと浅かろうと「お互いの人生に関わった」という事実に何ら変わりはないということ。こんなご時世ですが、私はこれからも、可能な限り多くの人と関わり合いながら生きていきたいです。何らかの影響を与え、そして与えられて生きていきたい。当分旅に出られなくても、友達とワイワイ食事を楽しめなくても、女風を利用出来なくても、健康であればそれで十分です。


明日の東京は「快晴」との天気予報。洗濯機、いっぱい回そうかな。皆さま、オヤスミナサイ。どうぞ良き夢を──。

 

天命と天職

「小さい時からずっと『歌手になりたい』と思っていて、それ以外の選択肢は頭になかった」

「とにかく歌が好きだから」

「俳優の他に、自分に出来る仕事はないと思う」


前職(エンタメ系の雑誌記者)で私は、のべ2000人以上の歌手や俳優にインタビューさせて頂きました。「なぜこの仕事に就いたのですか」と尋ねると、ある程度キャリアのある方は上記の答えが多かったように思います。次に多いのが、「歌手なんて考えてもいなかったけど、周りの人に『歌上手いね。プロになったら?』とおだてられて」とか、「俳優になったのはたまたま。でもやっていくうちに芝居が好きになって、今もずっと続けてる」パターン。なので特に何も思わないというか、ただ「そうなんですか」と事実を受け止めるまでです。けれど16年間でお二方だけ、「好きじゃないけどこの仕事をしている」という歌手、俳優に出会いました。


お一人目は誰もがその名を知る歌手で、ベテランといっていいキャリアの方。ヒット曲もたくさんお持ちで、唯一無二の歌声です。私は彼の担当記者ではなかったものの、何度かインタビューする機会に恵まれました。ただ、その方は「大の取材嫌い」で有名。たとえ1時間与えられていても、10分ほどで帰ろうとしてしまう“記者泣かせ”だと聞いていました。私は運良く彼と同じプロ野球チームのファンだったため、初回から野球談義に花が咲き、40分以上雑談。残りの15分で新曲の話を引き出すことができ、「いやぁ、楽しかったよ。また野球の話しような」と気に入って頂きました。野球よ、ありがとう(笑)!


そして、親しくなるにつれ、彼が10分で帰ろうとする理由も分かってきました。


「俺さ〜、昔から自分の曲についてあーだこーだ語るのイヤなのよ。だって歌って“聴いてくれる人”のもんでしょ? 歌ってる本人が『これはこういう楽曲で…』とか説明する必要ないと思うわけ。変に先入観持って聴いてほしくないし、その人が感じたままでよくない? だからさ、決まり切った形のインタビューなんかしなくていいから、君が聴いて思ったことを書いてくれればそれでいいよ。何を書いても絶対文句言わないし、スタッフにも言わせないから。そんなことより野球の話しよう」


そうです。彼は決して取材嫌いなのではなく、リスナーのことを第一に考えているだけだったのです。会ってもいないうちから先輩や周りの方々の話を鵜呑みにし、「◯◯さんは取材嫌いなんだ」と思い込んでいたことを猛省しました。何事も、自分の目や耳、そして心で確かめてから判断しないといけませんね。


回を重ねるごとに、6対4だった野球と歌の話が5対5、4対6、最後は2対8になりました。彼の歌の話は実に深くて、どれも心の底から「へぇ」とか「ほぅほぅ」とか言いながら頷きまくるので、終わる頃には毎回首が痛かったです(笑)。中でも一番興味深かったのが、「俺は歌が好きじゃない」という発言。


「歌を始めたのは本当に成り行き。仲間の代理で歌ったら評判になっちゃって、スカウトされて、あれよあれよと東京に連れてこられて気付いたらデビューしてた。そしたらさ〜、周りは『歌が大好きです!』って奴だのべらぼうに上手い奴だの、そんなのばっかり。レコーディングした時は『早く地元に帰りたい』と思ってたけど、お客さんの前で歌ってから意識が変わった。『この人たちは、わざわざお金を出して、時間を割いて俺の歌を聴きに来てくれてるんだ。半端な気持ちで歌うのは失礼だ』ってね。それからは必死で練習したよ。だって、歌が好きで仕方ない奴とか元々上手い奴とかに勝てるわけないじゃん? だったら俺は、その何倍も努力するしかない。今も歌は好きじゃないけど、感謝してるし大事にしてる。なんたってメシの種だからね(笑)」


その話を受けて、私が「それは全く存じ上げませんでした。では導かれたというか、“歌うこと”が◯◯さんの天命ってことなのでしょうか」と返したら、彼はカッと目を見開いて「君、いいこと言うね。今度(コンサートの)MCで使っていい?  『天職とは思ってませんが天命だとは思ってます』って」と冗談とも本気ともつかないことを言いつつガハハと豪快に笑っていました。「本心に近づけそうかな?」と思うと、毎度のらりくらりとかわされて結局辿り着けなかったけれど、根はものすごく真面目な方なのだと思います。“歌”に対して真剣に向き合われていることは、彼のステージを観れば一目瞭然ですから──。


お二人目は、中堅の俳優さん。主役を張るタイプではありませんが、映画・ドラマ・舞台とオファーの途切れない方です。彼が出演された舞台を取材する機会があり、その記事を読んだご本人から直々に連絡を頂いたのです。「とても的確な内容でした、ありがとう」と。以来、ちょくちょく連絡をもらうように。


彼は今も昔も役者一本ですが、音楽が大好きで実は歌手志望。様々なオーディションを受けたものの、通るのは「いつも役者として」で、「歌手として受かったことは一度もない」そう。でも、「芸能界に入って役者として名が売れれば、歌手デビューも出来るかもしれない」と思い「とりあえず役者になった」つもりが、チャンスはいまだ回ってこないんだとか。にも関わらず俳優を辞めない理由は、「求めてくれる人がいるから」「要求された芝居が出来てしまうから」。自分の作品を観て喜んでくれるファンがいる、「また一緒に仕事しましょう」と言ってくれるスタッフがいる、好きではないけど芝居が出来る=つまり向いている。だから俳優を続けてるんだと言っていました。


彼は大変冷静な方で、「“自分がやりたい仕事”と“自分に向いている仕事”が一致する人もいるが、僕は多分そうじゃない」と、若い頃から思っていたそうです。オーディションも「当時は才能じゃなく顔で受かったんだと思う。完全に“顔採用”だね(笑)」と言い切るほどで、自身の容姿の良さをよく分かっています。かと言って、いい加減な気持ちで芝居をしているわけじゃない。先程の歌手と同じで、「周りはいわゆる“芝居バカ”がほとんど。僕は下積みもないし演技も独学。その中で生き残るためには、誰よりも努力する以外ない」と言い、人知れず鍛練を重ねています。


彼とは好きな音楽の趣味が似ていたし、私が俳優より歌手の取材をすることのほうが多い事実を知っていたので、よくいろいろ訊かれました。「あのライブ行ったんでしょ? どうだった?」とか「◯◯さん、アルバム出す予定ありそうかな」とか。ただでさえ麗しい瞳を一層キラキラさせ、いつも楽しそうに私から最新情報を聞き出していて(笑)、「この人は本当に音楽が好きなんだなぁ」と感じました。


彼が一度、真剣なトーンで「大好きなことを仕事にするってどう? やっぱ毎日楽しい?」と尋ねてきたことがあります。「めちゃくちゃ楽しいですよ。でも、この世で一番好きな歌手にはインタビューしたいと思わないかな〜。実像や裏側なんて知りたくないし、遠い存在でいて欲しいから」と答えたら、「分かる!  僕もファンには言えないもん、芝居が好きじゃないなんて。『◯◯役、最高でした‼︎』とか『私はあの作品に救われたんです』とか言ってくれる人に向かって、そんなこと絶対言えない。僕だって、大好きな歌手が『好きで歌ってるんじゃない』とか言ってたらショックだもんなぁ…」と納得していました。


これは私見ですが、世の中には“天命を授かる人”が存在すると思っています。アスリートしかり、科学者しかり、歌手しかり。そして、天賦の才とともに、“努力し続ける才能”も持ち合わせている人だけが、その天命を全うできるのだと思う。私は残念ながら、天命を授かっていません。でも、天職はいくつかあると考えています。第一の天職は記者、第二の天職は現在探し中だけれど、第三、第四の天職もあるだろうなと予想しています。


前述の俳優に退社する旨を伝えた時、「えっ⁉︎   せっかく天職に就けてるのに、それを自ら手放すなんて信じられない! なんで、どうして???」と怒涛の質問を浴びせられましたが、「手放すっていう感覚はないですね。第二の天職を探すだけなので」と言ったら「えっ⁉︎   天職って何個もあるの???」とまたまた質問攻め(笑)。自分の意見を述べると、「へぇ、そうか。そういう考え方もあるんだ。じゃあ僕も、俳優が第一の天職で、歌手は第二の天職なのかもしれないね。良いこと聞けたなぁ、ありがとう!」とキラッキラの笑顔で帰っていきました。


でも、でもね…ごめんなさい。言えてないけど、あなたは天命を授かっている人だと思います。歌手じゃなく、俳優の。あんなにも心震わせる芝居が出来るのだから、きっと天命だと思う。もちろん、その天命に従うも背くも自由です。ただしあなたの芝居は本当に素晴らしい。多分、ご自身が思うよりずっと。


時に、「これが得意」とかのレベルではなく、何かの才能が突出している人って、“その才能”に気付いた瞬間どんな気持ちなんだろうか。嬉しいのかな、驚くのかな、それとも少し怖いのかな。何も勉強してないうちからすんなり芝居が出来るって、一体どういう感覚なんだろう? まぁ、いくら想像したとて全然分からないんですけどね〜(笑)。

 

楽しさ最優先

私は書くことが大好きです。でも、書けるなら何でもいいわけじゃない。好きなものについて、或いは興味のある事柄やテーマ、人物等について掘り下げることが楽しいのであって、興味も思い入れもないことを書き続けるのは苦痛でしかありません。


現在、絶賛転職活動中なのですが、求人数自体は驚くほど多いです。ライター業も引く手数多で、特にいわゆる“Webライター”はどこも不足している模様。プラス「紙媒体出身者」と「進行管理経験者」があまりいないんだとか(担当エージェント談)。紙媒体出身者は、誤字や事実の相違があれば莫大なお金をかけて刷り直したり、訂正シールを夜通し貼らなくてはいけない恐怖(泣)を十二分に味わっているため「間違えられない、間違えたくない」という意識が大変強い。よって、誰に言われなくとも完成した記事を読み返したり調べ直したりする人が圧倒的に多いから、Web媒体で歓迎されるんだそうです。へぇ、そうなのか。


そしてもう一つ、進行管理。「優秀な若手ライターは大勢いても、彼らを束ねる人材がいない。各方面と円滑にやり取りすること…例えば『電話連絡が得意じゃない』『クライアントとの付き合い方が分からない』という若手が多くて、現場は困っている」と。ふむふむ、なるほど。


私は16年間雑誌記者をやってきたし、編集部全体の管理も経験しているからか、結構な数の企業とマッチングします。「次もライター業で」と決めているわけではなく、他にいくつかの業種も候補に入れているけれど、やはり企業側からすれば“経験者”や“即戦力”が欲しいのでしょう。イチから育てる体力や余裕のある企業は、コロナの影響もあって現状、相当少ない。まして私はアラフォーですから、仮に「新卒じゃあるまいし、自力で育っておくれよ」と言われたとしても納得感は大いにあります(笑)。


さて、今週。マッチングした中から1箇所、面接に行ってきました。一次はリモート、二次は対面で、職種は某テレビ誌のライターです。先に結論を述べると、二次面接を突破してしまったものの、丁重にお断りさせて頂きました。理由は単純明快、「楽しくなかったから」。


二次では、面接の前に筆記試験がありました。時事問題や常識問題、そして実技ですね。素材(番組説明、脚本家や俳優のコメント、記事中の必須事項他)を渡されて、「制限時間内に600字で2パターン書いてください」みたいな。問題を見た時の感想は、「拍子抜けするほど簡単…。こんなんでいいの?」という感じ。時間が余りすぎて「ボーッとしてるのもナンだなぁ」と思い、一つにつき3パターン書いたほどです。それでもまだ時間があったので、問題文の矛盾点、誤字・脱字のチェックまでしました(笑)。その後休憩を挟んでの面接で、「余計なことかと思ったのですが、どうしても気になったので朱(訂正の赤字)を入れさせて頂きました。すみません」と言ったら、何と「わざと」だそう。要は、その場で原稿を書かせて実力を確かめるのはもちろん、細かい間違いに気付けるか、多角的な目を持っているか、そしてそれを(初対面の面接官相手に)申告できるかのテストでもあったわけですね。恐ろしいですね〜。


内容はかなり実践的で、素材には実在する脚本家や俳優の名前が並んでいました(コメントやドラマタイトルは架空)。私の場合、経験値があるので書けて当たり前なのだけれど、面接官は、ロクに話もしていないうちから「ぜひ!」と前のめり(笑)。だがしかし、いかんせんつまらない。エージェントから聞いていた業務内容とは若干違ったし、早い話、ちっとも興味が持てなかったんですよね。加えて、“自分で取材して生の声を聞く”というのが醍醐味なのに、事前に用意された“公式コメント”を引用して書く記事は本当に、これでもかというほどつまらない。当然、私じゃなくても書けるし、個性の出しようがありません。というか、“書き手の個性なんか必要としていない感じ”がものすご〜くしました。先方が求めているのは多分、正確で無難な記事を迅速に書ける人。そしてライター陣を上手くまとめられる人。お給料はそこそこ良さそうでしたが、自分が「楽しい♪」と思えない仕事をするのは心底イヤなので、すぐに辞退の連絡を入れてもらいました。


社会に出てからは、誰でも人生の多くを“仕事時間”に費やしていることと思います。会社勤めでも、自営業でも、フリーランスでも、専業主婦&主夫でも。だったら私は、その時間をとことん「好きな仕事」に費やしたい。友達の中には「働くのはお金のため。仕事自体は全然楽しくないよ。でも稼いだ給料でオフをめちゃくちゃ充実させる、推しに注ぎ込む!」と言い切る猛者もいるけれど、毎度「スゴイ。悟りでも開いておるんか?」と感心します。私には絶対、どうあがいても無理。“楽しくないこと”に膨大な時間を割くなんて、そんな苦行…いや修行には耐えられないし、耐えたくない。私は毎日、出来るだけ楽しく、好きなことをして過ごしたいです。これから先もずっと。


そんなわけで、張り切って次の面接に備えたいと思います! 

 

なお、思いきり余談ですが、この記事の総文字数は「2142字」でございます(笑)。