女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記

バリトンボイスの君

先日、少しお高めのオイルマッサージを受けてきました。そのお店は、何度か行ったことのあるアロママッサージ屋さんなのですが、お願いするのは毎回リフレクソロジー。ゆったりした椅子に腰掛け、フットバス→アロマ選び→リフレ50分というコースがお気に入りです。でも今回は、初めて全身オイルマッサージコース90分をセレクト。担当セラピストさん(女性)との相性がいい&彼女の腕も確かなので、ちょっと奮発してみました。


個室に通され、手渡された施術着に着替えます。施術着といっても、使い捨てのショーツ+バスローブだからほぼ裸ですけどね(笑)。薄暗い照明の中、ベッドに横たわってセラピストさんの到着を待ちます。部屋全体にいい香りが漂っているし、波の音は流れているしで、目を閉じたら眠りに落ちてしまいそうなくらいリラックス。ウトウトしかけていると、隣室に新たなお客さんが。バリトンボイスが素敵な、ある程度大人の男性の気配がします。私は声フェチ&彼がよく通る声質だったため、自然と会話の内容が耳に入ってきました。


男性は67歳。役員的な立場なのか、「会社へはたまにしか行かない」そう。「今日は歩きすぎて疲れたから、ここを予約してみた。最近は5000歩以上歩くと疲労が抜けない。一日3000歩くらいがちょうどいい」と話していました。へぇ、(もちろん人にもよるでしょうが)67歳だと5000歩で疲れちゃうのか〜と思いつつ、いつの間にか熟睡してしまい、起きたのは「仰向けになってください」「本日はこちらで終了となります。オイルを拭き取りますね」と言われた時だけ。せっかく奮発したのに、ほとんど寝ている結果となってしまいました…(泣)。まぁ、それだけ気持ちよかったということでしょう。


私服に着替えた後、ロビーへ移動。セラピストさんが淹れてくれたローズヒップティーを飲みつつゆっくりしていると、隣室の男性も施術を終えて個室から出てきました。コの字型ソファーの、私は中央部分にいて、男性は右端に着席。何気なく右へ視線を移すと、ちょっとした違和感があります。1.5秒くらいして、「あぁ、女装してるからか」と気付きました。「男性が出てきた」と思い込んでいるところに、男性なんだけども女性の恰好をした紳士がいたので、一瞬脳がバグってしまったわけですね(笑)。でも、理解出来てからは別にどうってことないというか、「そういうスタイルの人なんだろうな」と思って普通にまったり。すると、紳士が「すみません、何飲んでるか伺ってもいいですか? お茶選べるって言われたんですけど、どれがいいか分からなくて」と話しかけてきました。テーブルの上に、各ハーブティーの特徴や効能をまとめた紙が置いてあるけれど、それを読めというのも野暮だし、いつの間にかセラピストさんはロビーにいないし(笑)、何より“話す口実が欲しいだけ”と察知したのですぐ答えます。


「これはローズヒップティーっていうお茶です。飲んだことありますか?」

「いいえ。恥ずかしながら、ハーブティーのことあまり詳しくないんです」

「全然恥ずかしくないですよ。甘いのが好きとか酸っぱいのが好きとかあります?」


私は家でもハーブティーを飲む習慣があるため、そこそこ知識は持っています。「遂に花粉症デビューしてしまった」と言うので、「ミントティーがいいと思います」と提案し、お茶を飲みつつ軽く花粉症トーク(私もかれこれ25年ほど花粉症です。ちっとも治りません・泣)。彼より早く飲み終わったので、「ではお先に失礼しますね」と席を立とうとすると、「もう一つ訊いてもいいですか?」と紳士。


「はい、どうぞ」

「あの…私のこと、どう思いますか?」

「えっと、今お会いしたばかりだし、よく知らないし、特にどうも思いません。あ、『すごくいい声だな』とは思いましたけどね」

「ありがとうございます。でもあの、そういうことじゃなくて…」

「あぁ、女装のことですか?」

「はい」

「似合ってるかどうかってことでしょうか」

「いえ、その…。あまり驚かれてない様子だから、周りにそういう人がいるのかなと思って」

「いないですよ。でもマイノリティの友人はいるし、私自身もマイノリティです。なので何も思いません」

「そうですか。どうもありがとうございます。お引き止めしてすみません」

「いえいえ。花粉症、お大事に」


面白いな、と思いました。「他人にどう思われるか」を気にしているのに、“絶対目立つ”と分かっている場所で女装を貫くとは興味深い。当日は予定が詰まっていたため早々に店を出ましたが、時間があったらリアルにカフェでも行って話を聞きたかったです。


仕草や話し方等は完全に男性だったので、“心が女性”なわけではなさそうでした。あくまで趣味で女装をしているか、もしくは日頃から女装のまま生活している人なんだろうか。いろいろ謎でしたが、ワンピース+ハイヒール+ボブのウィッグ+濃い目のメイクにあのバリトンボイスだと、誰でも最初は「…えっ⁉︎」ってなると思います(笑)。慣れれば周囲は大して気にしないと思うけど、きっとご本人的には違うんだろうなぁ…。あのお店でまた会えるかしら。お話、詳しく聞いてみたいなぁ。

 

開設一周年

当ブログを開設したのは、2020年2月29日(去年って閏年だったんですね。いろいろありすぎて忘れてました・笑)。おかげさまで丸一年が経過し、毎回楽しくあれやこれやと書かせてもらっています。いつも読んでくれる方、たまに立ち寄ってくれる方、偶然辿り着いた方等々…皆さま、ありがとうございます。


一年、365日。皆さまは、変わったことと変わらないこと、どれくらいあったでしょうか。


[変わったこと]

・この10年、毎年欠かさず海外へ行っていたけれど、旅行どころか遠出さえしていない

・口紅やグロスを買わなくなった

・“着用がデフォルト”の生活に慣れすぎて、いつの間にかマスクをしていないと違和感を覚える体質に

・ジム退会による、慢性的な運動不足

・昨秋で会社を辞めたため自由な時間が出来、今まで無縁だったジャンルの本や音楽に触れる機会が増加

・夫とのセックスはもちろん、ここ半年はキスもハグも一切ナシ。されど女風のおかげでメンタルが安定

・商業誌とは全く別の“書く楽しさ”を、このブログで初めて知る


[変わらないこと]

・楽観主義


私の場合は、ざっくり書くと上記のような感じです。もともと「コロナとの戦いは長期戦になるだろう」と思っていたし、家に籠る生活も嫌いじゃないのでダメージはそんなにありません。世界が“コロナ前に戻る”とも思わない&望んでいないから、「まぁ、いずれなるようになるでしょ」くらい。


私は無宗教ですが、神的な存在はぼんやり信じているといいますか、「どこかにいるんだろうな〜」と考えています。でも神=一人だとは思っていなくて、それこそ八百万(やおよろず)。その皆々様が、「地球を守るため、存続させるために、一番邪魔で厄介なのは人類だ」と判断し、滅亡に向けて舵を切った結果がこのウイルスだとしたら、抗う術はありません。過去、幾度となくさまざまな“過ち”を許し、期待し、試してきたけれど、人類は本当に学習しない。反省したような顔をしていても、何度だって馬鹿なことを繰り返す。もし私が八百万の中の一人だったら、とっくの昔に匙を投げていると思います。最早、救いようがないレベル。


だからといって、この先適当に生きちゃおうとか、何もかも諦めて生きようとか、好きなこともやらずにダラダラ暮らそうとか、逆に「破茶滅茶な人生を送ってやる!」とか、そういう思考にもなりません。食事は美味しいし、暑さ寒さをしのげる家はあるし、読みたい本や聴きたい音楽はすぐ手に入るし、マッサージ屋さんや美容室にだって行けます。悲観する要素はそこまで多くない(この状況下でなお、私利私欲に走る政治家達のニュースを目にすると、さすがに「いい加減改心してくれよ…」と悲しくはなりますが)。


人生には、予想外のことがたくさん起こります。コロナに関しては、予想外というより「考えてもいなかった事態」と表現したほうがいいかもしれないけれど、既に起きてしまったことをガタガタ言っても仕方ありません。それより、“未来をどう生きるか”に思いを巡らせたい。「数年後には、めっちゃリアルに“行った気”になれるバーチャル旅行がスタンダードになるかもなぁ」とか、「再就職先が完全テレワーク制だったら、同僚達と一度も会わずに定年を迎える可能性もあるのか〜」とか想像すると、何やら面白そうというか、ワクワクしてしまう自分がいます。


さっきの言葉と矛盾するような気もしますが、聖書に「神は乗り越えられない試練は与えない」(意訳)と記されているそうです。であれば、コロナは「時間をかければ何とかなるんだろうな」とも思うし、「神的には“最後の賭け”なのかなぁ…。滅亡まで行かなくても、これである程度人口が減って、『もう馬鹿なことはやめよう』と人類全体が“生き方”を改めれば、地球で暮らすことを続けさせてやってもよい、とか考えてるのかも」とも思う。


どう転ぶにしても、人類は“今目の前にある現実”の中で命を燃やす以外ありません。私は明日からも、いろんな制約の範囲内で、ルールを守った上で、好きに&自分の思うままに生きていきたいです。


ちなみに本日は、いつもよりちょっと贅沢なオイルマッサージを予約しております。楽しみ〜♪

 

ハグを取り戻せ

先日、ネットで調べものをしていた際、偶然「『おんぶ』をせがむ小・中学生たち 生育環境で得られなかった『愛』を求めて」という記事に出会いました。かいつまんで言うと、幼少期に家庭での愛情が不足していた子供達は、小学生はもちろん、中学生になっても大人からの愛情(その中に、おんぶ等のスキンシップも含まれる模様)を求める場合がある──というような内容でした。この記事を読んでハッとしたというか、「そういうことだったのか〜」とある意味納得。


何度か書いている通り、私は両親とほぼ連絡を取っていません。交流を避けているというか、「絶縁しても特に問題ない」と思うほど彼らのことが嫌いだからです。まぁ、いわゆる毒親なのでね…。


振り返ってみると、私は親に抱きしめられたり、頭を撫でられたり、何かを褒めてもらったという経験(記憶)がありません。両親のことは早い段階から嫌いだったので、スキンシップがないことを「寂しい」とは感じなかったけれど、各年代で“お母さんっぽい人”の存在は求めていたかもしれない。


まず最初は幼稚園の先生。彼女は当時20代半ばだったと思いますが、優しくていつもニコニコ接してくれるT先生のことが大好きでした。園内で彼女を探しては、「抱っこ〜」と駆け寄っていたように記憶しています。今もフルネームを覚えているくらいだから、よほど好きだったのでしょう。続いて小学校低学年の時の担任・K先生。40〜50代の貫禄があったものの、ひょっとしたら実年齢はもっと若かったのかもしれません。とにかく厳しくて&怖くて、曲がったことが大嫌いな方だった。クラスメイトは皆「コワイ…」と恐れ戦いていたけれど、私はすごく好きでした。子供を子供扱いしない方で、小学生相手に「家族がいても友達がいても、人間というのは最後は一人です。一人で生きていける大人になりなさい」とか「努力することは大変素晴らしい。けれど、“努力が全て報われる”というのは幻想です。夢を叶えられる人なんてほんの一握り」的なことを真顔で説くような先生でした(彼女の笑顔、2年間で一度も見ていないような気がする)。優しい先生も当然必要ですが、彼女のように「対人間」として厳しく接し、“本当のこと”を毅然とした態度で教えてくれる先生もまた必要だと感じています。


先週の土曜(20日)、NHKで放送中のドラマ「ここは今から倫理です」の第5話で、タイミングよく似たテーマを扱っていました。ドラマの舞台は、とある高校。その男子生徒は、家庭環境のせいか“人との距離の取り方”があまり上手くない。心を開いていない人に対してはよそよそしく接するけれど、気に入っている人や信頼出来る人に対しては逆で、やたらくっついたり甘えたりする。保健室の先生(女性)にも倫理の教師(男性)にも同じようにくっつくので、異性に触れたいとかではなく、単に“大人”に甘えたいんだと思います。保健室の先生は生徒の心…いえ、希望に寄り添い、頭を撫でて「よく頑張ったね」と褒めたり、彼が必要以上にくっついてきても拒まない。一方、倫理の教師は「彼を救いたい」と思いながらも、腕を組まれれば「もう少し離れて歩きましょうか」とやんわり拒否したり、生徒から涙ながらに「先生、ぎゅっとして」と懇願されても抱きしめることを選びません。それは冷たいとかでは決してなく、もし相手が女子生徒だったら同じように出来ないし、生徒には全員平等でいたいし、「どう振る舞うのが最善か?」を考えた末の決断だと思います。どちらの先生も間違っているとは思えない。


ただ、もし私がこの生徒だったら…受け入れてほしい、認めてほしい、抱きしめてほしいと思うだろうなと感じました。教師の立場だったとしても、「抱きしめてあげたい」と感じると思う。されど、それが正しいことなのか、本当に生徒のためになることなのかどうかは分からない。自分の目の前に、傷付いた生徒やハグを求めている生徒がいたら、考えるより先に体が動いてしまうんじゃないだろうかと予想します。もっとも、冷静な判断が出来ない私のような人間は、教職には不向きでしょうけども(汗)。


話が逸れましたね。社会人になってからは、他社に大勢いる“母親世代”の方々に、何から何まで面倒を見ていただきました。中でも「実はあんた、娘と同い年なのよ。私の子みたいなもんだから、いつでも頼っていらっしゃい。遠慮は無用」と言ってくれたライバル誌の編集長にはお世話になりまくり、私も「この人がお母さんなんじゃないか?」と思うほど慕っています。私は昨秋退社、彼女も少し前に編集長職を離れたけれど、現在も定期的に連絡を取り合ってはいろんなことを話す仲です。少々口は悪いですが(笑)、行動力と包容力があって、豪快さと同時に海より深い優しさも持ち合わせており、「もしや肝っ玉母さんってこういう感じなのかなぁ」と思わせる雰囲気。仕事もバリバリ、家族にも家族じゃない私にもたっぷりの愛情を注ぎ、一体いつ休んでいるのか謎な女性です。パワーの源は、「人のカネで飲む酒(笑)」みたいですけどね。


さてさて。女風ユーザーとなって、1年ちょっと。私がセラピストさんにハグをたくさん求めがちな理由は、「夫とのスキンシップがほぼないから」だとばかり思っていたけれど、それだけじゃないのかもしれません。先述の記事を読んで、そして幼少期をガッツリ振り返ってみて、そう感じました。無意識のうちに触れ合いを求め、子供の頃に足りなかった“ハグ”や“頭ポンポン”を、大人になった今こそ取り戻そうとしてるのかしら…。


緊急事態宣言の解除も視野に入ってきた今日この頃。女風の利用再開が実現したら、記念すべき一発目は「ハグ5割増しで♡」ってリクエストしようかなぁ♪

 

心構え

先日、ある企業の面接を受けてきました(リモートで)。残念ながらご縁はなかったけれど、すごく勉強になった&意外だったことが。


面接に臨んだのは、全く未経験の職種です。転職エージェントが「形は違えどこれまでのキャリアを活かせる仕事だと思う」「社風に合っていると思う」と言ってくれたのと、私自身もその職種・会社に興味を持ったため、思い切って挑戦させてもらいました。


まず、一つ目に意外だったのは「アラフォー&未経験でも門前払いされることはない」という点です。16年続けてきた記者・編集職ならいざ知らず、業界未経験のアラフォーだと「難色を示されるだろうな」と予想していました。まぁ、今回はリモート面接だしエージェントを通しているしで、多少ハードルが下がっている可能性もありますけどね(笑)。


二つ目は、“長年同じ会社に勤め続け、退職した今でもその会社が好き”という事実を、思いのほか高く評価して頂けた点。辞めた経緯や会社への思い、「記者という仕事は天職だけれど、今後は“第二の天職”を探したいと思っている」旨等をお話ししたら、皆さん興味を持って聴いてくれているように感じました。面接官の方々に「好きな仕事を16年間、情熱を持って続けてこられたことは本当に素晴らしいですね」と言って頂き、嬉しくてついニヤケ顔に…。


そして三つ目は、「中途入社での旧姓使用は、弊社においては今のところ難しいです」とはっきり告げられたこと。以前綴った通り(詳細はカテゴリー/マイノリティ・マジョリティ内「改姓という名の地獄」をご参照ください)、転職先を探す指針として、仕事内容や給与、福利厚生等に加え、“旧姓使用が可能か否か?”という点を挙げました。面接の最後に「何か質問があればどうぞ」と言ってもらえたので、旧姓使用について尋ねたのですが、思った以上に反応は芳しくない。面接官の表情からも、「ちょっと面倒くさそうな応募者かも」的な気持ちが、画面越しなのに立体感を伴って(笑)伝わってきました。


その会社は、大手とまではいかないまでもそこそこの規模があり、従業員数も決して少なくない。でも、だからこそ「仮に採用させて頂いたとして、所属する部署=旧姓、経理のみ=戸籍上の姓というのは現実的ではありません。諸々を把握するのに時間が掛かってしまいますし、混乱を招く恐れもありますので…」というお話でした。なるほど、なるほど。納得の理由です。


私は前職で小さな出版社に勤めていたため、社長以下全員の顔と名前が一致していました。逆も同じで、経理部の皆さんも各社員のことをガッツリ把握。ゆえに、結婚した際も「お名前、そのままですよね? 経理上だけ変えときますねー」「ありがとうございます、よろしくお願いします♪」という短い会話で全てが終了。既婚者になった事実しか伝えていない人も多かったので、私の戸籍上の苗字を知らない社員も結構いたと思います。それがものすご〜く心地良かったし、ありがたかった。


「あれって小さい会社だから(プラス私が生え抜き社員だったから)こそ出来たことなんだなぁ」と、今頃になって強く実感しています。もちろん、大企業で旧姓使用OKな会社もたくさんあるでしょうが、「対応していない会社も相当数ありそう」という覚悟みたいなものが生まれたのは良かった。具体的なお話&生の声を聴けたし、私自身も“リアルな心構え”が少しだけ出来た、の、かも…しれません(汗)。

 

バレンタイン。甘くも苦くもない記憶

皆さまがお住まいの地域では、地震の影響ありませんでしょうか? 昨夜は私はリビング、夫は自室におりまして、落下物や怪我等もなく二人とも元気です。


東日本大地震から、もうすぐ丸10年。何年経っても“緊急地震速報の音”というのは慣れないというか、心臓によくないですね…。心も体もビクッとしてしまいます。各地で今後、余震や二次災害が発生しないことを祈ります。

 

さて、本日はバレンタインデーです。夫には、ショコラ専門店で買ってきたお高め(ひと粒何と‼︎約480円)のチョコレート詰め合わせをプレゼント。40種類以上ある中から好きなものを選べるシステムだったため、12粒全て違う味にしてみました。先程ベリー味と胡椒味を食べましたが、風味の広がり方がすごく上品で、めちゃくちゃ美味しかったです〜♡   夫も喜んでくれたし、少し遠くまで求めに行った甲斐があったなぁ。


ところで。私は12年ぶりくらいに、「バレンタイン当日にチョコを一つも頂かない」という状況に置かれております。


どういうことかと申しますと──。


私は昨秋まで、小さな出版社に16年間勤務していました。職種は、エンタメ系雑誌の記者。歌手や俳優さんを取材させて頂くことが多かったのですが、入社して数年が過ぎると、バレンタインに「いつもお世話になってるので」とか「日頃の感謝の気持ちです」とかで、取材対象者や担当歌手&俳優からチョコレートを贈られることが増えていきました。


若い女子だと手作りしてくれたり、お姉さまだととんでもなく高級そうなチョコだったり。ここ数年は、女性のみならず男性からも結構頂きました。プロ顔負けのチョコスイーツを作って、キレイにラッピングまでして持ってきてくれる“スイーツ男子”もいれば、「女性は全員、コレ好きでしょ?」とウインクしつつ(笑)某有名メーカーのチョコをどっさり用意してくれるオジサマもいたっけ。新曲の発売が近かったりする場合は、男女問わずタイトルやらリリース日やらを(チ◯ルチョコ等のパッケージに)入れ込んで関係者に配れば、プロモーションツールとしても最適です。よって、バレンタイン前後の1週間くらいは、チョコをもらう機会が本当に多かった。でも、今年からはそれが一切ありません。


正直言って、かなり寂しいです〜(泣)!


“食”への執着が強いタイプではない私ですが、チョコレートは昔から大好物。バレンタインの時期は、普段店頭に並ばないような見た目・味のチョコもたくさん出回るため自然とテンションアップ。彼氏がいようといまいと“自分用”に買ってパクパク食べていたし、彼氏がいる時は「どれにしよっかなぁ♪」とあれこれ迷うのも楽しかった。だから、「感謝の気持ち」と共に贈られるチョコレートは素直に嬉しい上、いつの間にか期待してしまっている自分もいました。だって、人から頂くチョコって、なぜかとっても美味しく感じるんだもの(笑)。今は“義理チョコ禁止”の会社も多いと思いますが、いざ頂いてみると嬉しいので、残念がる方々が一定数いるのも頷けます。


私は私で、14日当日にお会いする歌手や俳優さんには、必ずチョコレートをお渡ししていました。実は入社当時はどなたにも差し上げていなかったのですが、3年目くらいの時にちょっとした事件(?)があって改めることに。経緯はこうです。


その日はバレンタイン当日。担当している若手歌手のインタビュー&撮影があり、朝から小道具を調達してスタジオへ直行する流れでした。スタジオ最寄駅に着くと、構内の特設ブースで「バレンタインフェア」なるものを開催中。「そういえば、忙しくてチョコ買えてなかったんだ…。(当日同棲していた彼氏は)『今日じゃなくてもいいよ』って言ってたけど、ここで買って夜渡そうかな」と思い慌ててチョコを購入。小道具とチョコレートを抱えてスタジオへ向かう道すがら、後方よりプップと優しいクラクション音が。振り返ると、歌手のマネージャーさんが車の窓から顔を出しています。


「すみません、予定より早く着いちゃいまして…。時間つぶしてきたほうがいいですか?」

「いえ、もうスタジオ入れる時間なので大丈夫ですよ」

「良かった! じゃあ一緒に行きましょう。後ろ乗ってください」

「ありがとうございます。では失礼します」


後部座席におじゃますると、キラキラした瞳で開口一番、若手歌手が「ねぇ、それチョコ? チョコだよね? 今日バレンタインだもんね、僕チョコ大好き〜!」。え…。


「イヤごめんなさい、これは彼氏用です。っていうか、チョコなんていっぱいもらうでしょう? 別にわざわざ…」

「えぇぇぇぇぇヤダヤダ! 彼氏の買うなら僕にも買ってくれてもいいじゃん。ヒドーイ‼︎」

「イヤあの、だから…」

「いっぱいもらうかもしれないけど、僕は女性全員からもらいたいの! しかも◯◯さん(←私の名前)、僕の担当記者じゃん。チョコ買うとき僕のこと考えないなんて、愛が足りてないよ。ヒドイ〜‼︎」

「待って! 誌面見て分からない? 愛があるからあなたのページ作ってるんでしょ? 今日の取材だって…」

「それは分かってるよ、いつもありがとう♡   でもチョコは別だよ、僕チョコ欲しいもん!」


私も若かったので、「何だコイツ。小学生かよ!」と思ってイラッとしたけれど(笑)、もちろん言葉には出しません。それに、「車中だけのトークというか、冗談言って良い雰囲気を作ろうとしてくれてる可能性もあるな」と感じ、適当にあしらってスタジオへ入りました。諸々の準備もあるため、二人を楽屋へ押し込み「それでは後ほど」。けれどすぐに彼が追いかけてきて、「待ってる間にチョコ食べたい。ねぇ、今ちょうだい!」。


何なんだよ、どんだけワガママなんだよと呆れましたが、「そこまで言うなら分かった。譲りましょう」という気にもなりました。実際、「も〜う、分かりましたよ! じゃあ楽屋で待ってて」と持っていくと、「いいの? 彼氏用なのに僕が食べちゃっていいの? ワーイ♡」と無邪気な笑顔(私には一瞬、悪魔のような微笑みにも見えましたが・笑)。その場で勢いよく開け、美味しそうに頬張っていました。後でマネージャーさんが謝りに来て、「本当にすみませんでした。でもありがとうございました、助かりました。最近忙し過ぎるせいか、ああやって周りの人間を試すみたいなことが増えて…。特に食べ物は、信頼している人からのものじゃないと口に出来ないので、◯◯さんのことは信用しているんだと思います。甘えてしまって申し訳ありません」と頭を下げられました。


なるほど、なかなかに面倒くさい。でもまぁ、彼の気持ちを全く理解できないわけでもありません。デビュー以降目まぐるしく環境が変わり、チヤホヤされ、敵なのか味方なのか分からない人もどんどん増えた。大勢のファンから差し入れをもらっても、彼の手元に届くのは手紙くらいで、あとは危機管理の観点からそれなりに処理される運命です。食べ物なんて論外中の論外。そう考えると、「いっぱいもらう」のは確かだけれど、その中に「安心して口に出来るもの」はほとんどないんだという現実に、その時初めて気が付きました。要するに私は、そういうところまで考えが及んでいなかったのです。思慮不足、経験不足ですね。この出来事は、大変いい勉強になりました。


以来、バレンタイン当日にお会いする歌手や俳優さんには、ややお高めで、誰でも知っているお店のチョコレートを少量お渡しするようになりました。それなら先方も安心&負担にもならないだろうし、「要らないなぁ」と思った場合でも、周りのどなたかに譲りやすいからです。


そんなわけで、バレンタインが近づいてくると、自然に彼のことを想ってしまいます。実らなかった恋でも、歴代の彼氏でもなく、単に「担当だった人」のことをこんなに長く覚えているとは…。「チョコ買うとき僕のこと考えないなんて、愛が足りてないよ」という言葉が頭から離れず、結局、毎年思い出してしまう始末。術中にはまっているのか何なのかよく分からないけれど、ああいう台詞をサラッと言えてしまうのも、一つの才能なのかもしれません。私の“バレンタインの思い出”は、彼一色に染められてしまい、今のところ塗り替えられる気配すらございません(笑)。

 

【コラム㉙絞らないメリット】

私には現在、リピート指名しているセラピストさんが何人かいます。あちらは皆さんプロなので、ユーザーの情報(どんなプレイが好きかとか、夫とのこととか、前回の会話の内容とか)を覚えている、もしくは事前に復習してくれていることが多いです。でも、こちらはそこまで正確に把握していないため、時には会話が噛み合わないケースも。例えば──


私「本当にイイ筋肉してるよねぇ♡」

セラピスト「そう? 特に鍛えてるわけじゃないんだけど、体質なのかな」

私「えっ、鍛えてないの⁉︎   じゃあその立派なヒラメ筋は、昔サッカーやってた名残りだね。当時の貯金が今も残ってるなんてスゴ〜イ♪」

(セラピスト心の声:いや、サッカーやったことないけど…)


みたいなことですね、ハイ(笑)。自分でも思いがけない失言といいますか(汗)、完全に偶然の産物だけれど、こういう時の反応や返し方で、各セラピストさんの個性が出るのはすごく面白いなぁと思います。


「ねぇ、誰と間違えてるの? それ別のセラピストでしょ。僕より多く指名してる人? 悔しいぃぃ〜‼︎」と、“嫉妬しているフリ”をしてその後上手く&あざとく(笑)営業してくる人もいれば、「サッカーはやったことないかな。陸上なら高校までやってたよ」と、さり気なく“正しい情報”を提供してくれる人もいる。


新規指名ではなく、リピート指名だからこそ分かることは他にもあります。毎回工夫して、プレイ内容を微妙に(或いは大幅に)変えてくれたり、いつの間にかマッサージの腕が上がっていたり。つまり、“徐々にアップデートしている人かどうか?”が明確に分かるのです。これは大変興味深い。


そういう意味でも、私は“たった一人のセラピスト”に絞らないほうが「女風をより楽しめる」と考えています。女風に限らず、比較対象の有無は非常に重要で、冷静な判断及び分析がしやすくなると思う。プラス、変にのめり込んだり依存したりしてしまう事態も防げるし、仮に誰かが辞めたとしても、慌てて別のセラピストさんを探す必要もないため気が楽です。


よって、コロナがもう少し落ち着いて、女風の利用が再開できた暁には、“数名のお気に入り”と“時折のご新規”を組み合わせて指名していければなぁと思案中です。今からいろんなお店のHPを覗いては、良さげなセラピストさんをチェックしたり、諸々妄想したりしながら、“来たるその日”を待ち望んでおります。嗚呼、早く予約したーい!

 

才能の枯渇

皆さまは、今クールのドラマ、何本くらいご覧になっていますか? 私は「おじさまと猫」(水曜深夜:テレビ東京)、「その女、ジルバ」(土曜:フジ)、「天国と地獄 〜サイコな2人〜」(日曜:TBS)の3つを中心に観ています。


「おじさまと猫」は、もともと原作漫画の大ファン。おじさまを草刈正雄さんが演じられると聞いた時は、「ダンディーかつ哀愁もあって、原作に負けないくらいイケオジ♡   ナイスキャスティング!」と思いました。ふくまる(←愛猫の名前)役は本物の猫じゃないけれど、仮に本物で撮ると、出番が多い分、ネコちゃんにも相当負担&ストレスが掛かることでしょう。本物であろうとぬいぐるみであろうとカワイイものはカワイイし、物語にもすんなり入り込めるので、何の問題もありません。セリフや世界観も原作に忠実に作ってくれているし、多少手を加えている箇所も、すご〜く素敵に変えてくれています。漫画が原作の作品を実写化すると、「あぁ…」と溜め息がもれてしまうというか、残念な仕上がりになる割合が高いですが、そのあたり、テレ東は本当に上手いなと感じます。「孤独のグルメ」の井之頭五郎なんて、原作とは似ても似つかない容姿なのに、随分前から井之頭五郎松重豊さんとしか思えない域に来ちゃってますもんね(笑)。


それで言うと、昨年末にNHKで放送された「岸辺露伴は動かない」もすごかった。本当にものすごかった。「岸辺露伴が実在するとしたら、それは100%高橋一生さん。他の人では絶対にありえない」と言いたくなるほど、露伴そのものでした。俳優からも制作陣からも、“岸辺露伴への愛”しか感じないといいますか、ディテールへのこだわりや脚本、衣装、小道具等の素晴らしさに、心の底から感動しました。ジョジョシリーズの大・大・大ファンである我が夫も、「どこからどう見ても岸辺露伴だった、すごく良かった!」と珍しく興奮気味に語り、録画したものを今も度々見返しています。視聴後、私も夫から原作漫画&小説を借りて再度読みましたが、そのまま生かしている部分と、上手にアレンジしている部分のバランスが絶妙だなぁと感心しきり。全3回だったけれど、ぜひとも続編の制作をお願いしたいドラマです。


「その女、ジルバ」は、タイトルに惹かれて初回を観たら、すぐさまどハマり(ちなみに原作漫画は未読)。面白いし、考えさせられるし、感動するし、いろんな要素が詰まった、まさに「オトナの土ドラ」の名にふさわしい内容です。キャストも魅力的で、主人公を演じる池脇千鶴さんはもちろん、脇を固める面々が素晴らしく個性的で、人間味に溢れまくっている。酸いも甘いも噛み分けた先輩ホステス達(草笛光子さん、中田喜子さん、草村礼子さん、久本雅美さん)がとにかく明るくて、日々輝いているのです。過去には辛いこともたくさんあったでしょうに、明るく楽しくカッコよく“今を生きる姿”を見せてくれるから、自然と「あんなふうに歳を重ねたいな」と思える。職場の同僚(江口のりこさん、真飛聖さん)と主人公が、40歳にして、だんだん真の友情を育んでいく様子も微笑ましいです。


日本は“若さ”に価値を見出しがちなので、特に女性の40歳は生きづらい部分も多い国だと思います。私も来年不惑を迎えますが、友達の中には「もうすぐ40だよ。どうしよう…」的なことを、暗いトーンで語る人もチラホラいる。私の返答はいつも同じで、「どうもこうも、40年間無事に生きてこれただけでスゴイじゃん! でもやっと折り返したぐらいだから、まだまだ先は長いよ。ひと息ついてる場合?」と言います。「もう40」という思考の人には、ですけどね。私自身は「まだ40」くらいの考えで、「40歳、それがどうした?」と思っています。正直、実年齢なんてどうでもいいです(笑)。何歳であろうが、“いつでも好きな生き方をしている人”でありたい。


そして、一番楽しみにしているのが「天国と地獄」です。脚本=森下佳子さん、主演=綾瀬はるかさん、高橋一生さんという時点で期待に胸を膨らませていましたが、放送が始まったら予想以上に面白く、日曜の夜が待ち遠しくて、毎週ワクワクしっぱなし。男女が入れ替わるという、既に手垢のついた題材で、あそこまで面白いオリジナル脚本を書けるのは純粋にスゴイ。もちろん、脚本が素晴らしいだけではドラマは成功しません。主演2人の高い演技力があってこそ、初めて成立します。私は高橋一生さんも好きですが、綾瀬はるかさんも大好き。「ホタルノヒカリ」のようなほんわか系も似合うけれど、個人的には「奥様は、取り扱い注意」(キレッキレのアクションが見事だった)や「義母と娘のブルース」(不器用ながら、義理の娘を全身全霊で愛する姿に感涙)のような役どころのほうが好きです。綾瀬さんは、その天然っぷりや容姿の良さが話題になることも多いですが、一番の魅力は演技の上手さだと思います。だから今回、同じく演技力抜群の高橋さんとガッツリ組んでの連ドラ、めちゃくちゃ嬉しい! 永遠に終わらないでもらいたいくらいです(笑)。


余談ですが先日、「ウチの娘は、彼氏が出来ない‼︎」(水曜:日本テレビ)を初めて試聴しました。あまりに悪評なのと、ドラマフリークの友人から「ヒドイ。キャストが気の毒」と毎週のようにLINEが届くので、逆に気になって観てしまった次第。感想は──


本当にヒドイ。


「このドラマ、好みじゃないな」と思うことはままあるけれど、観ていて寒気がしたドラマは初めてかもしれません。時代に合っていないというか、世の中をとらえられていないというか…。脚本は北川悦吏子さん。「愛していると言ってくれ」ファンの私としては、「あの作品を生み出した人が、今はこれを書いているのか〜」と悲しい気持ちになりましたが、あれから26年も経っているのだから、仕方ないといえば仕方ない。


大好きな作家やシンガーソングライターが、突如路線変更をすることがあります。急に社会派になったり、ラブソングを一切書かなくなったり。それは“その人自身が望んだ変化”だと思うので別にいいのですが、明らかにそうでない…つまり“才能の枯渇”による変化の場合は、本人もファンもだいぶ辛い。「もう書けないんだ」も「もう読めないんだ」も、両方辛い。スポーツ選手でも、“まだやれるうちに、輝いているうちに引退する”方と、“満足いくプレーが出来なくなっても、ボロボロになるまで現役を続ける”方とがいらっしゃいます。どちらを選ぶのも自由だけれど、私はどちらかと言えば前者派。長年応援していた選手が、思うように動けなくなっていく過程や姿を見るのは辛いです。もちろん、「最後まで応援して。ファンでいて」と言われればそうするけれど、心から試合を楽しむことは難しいかもしれません。


ファン心理って、結構複雑ですよね。書きながら「残酷なこと言ってるかも…」と思いますが、やはり何事においても潮時というのはあると考えています。“引き際の美学”というのでしょうか。私も還暦を迎える頃になったら、そういうことに思いを馳せるのかな。まぁ、再就職もしていないうちからそんなこと想像しても、全くもって意味ないですけどね〜(笑)。