女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

こども(について深く考えるため)の日

4月30日より、ドラマ「燕は戻ってこない」(NHK/毎週火曜 22:00~22:45、全10回)が始まりました。

原作は、桐野夏生さんの同名小説「燕は戻ってこない」(集英社)。生殖医療を軸に、貧困や格差等、現代社会をリアルに描いた重厚な作品です。


     ↓↓↓以下、ネタバレあり↓↓↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公・大石理紀(石橋静河さん)は地方出身の29歳で、都内の病院に勤めています。非正規雇用の事務職だからか、フルタイムで働いても手取りは14万円台。家賃と光熱費でかなりの額を持っていかれるため、日々食費を削り、身なりにお金もかけられず…という生活を送っています。ある日、同僚から「割のいいバイトあるよ。エッグドナー(卵子提供)、一緒に登録してみない?」と誘われたことをきっかけに、彼女の人生は思いもよらない方向へ舵を切って…というストーリーです。

私は原作既読なので、結論を申し上げますと、理紀が行ったのは卵子提供ではありません。高額な報酬(合計1,000万円)と引き換えに、サロゲートマザー=代理母となって、“赤の他人の子供”を産むことにしたのです。もちろん簡単に決めたわけではなく、様々な葛藤や迷いを経た上で代理母となったのですが、私は全然共感できませんでした。


私は出産願望も「子供を育てたい」という願望も昔から無かったけれど、出産が命懸けだということは分かります。その“命懸けの行為”を金銭でやり取りするビジネスが存在することに疑問を抱いているし(*現状、日本での代理母出産は認められていません)、まずもって、そうまでして「自分もしくはパートナーの血を分けた子供が欲しい」と切望する気持ちが分からない。“血がつながっている”って、そんなに重要かなぁ…。


代理母を求めているのは、40代半ばの夫婦、草桶基・草桶悠子(稲垣吾郎さん、内田有紀さん)。元トップバレエダンサーで、何とかして自分の遺伝子を遺したい夫と、長い間、肉体的にも精神的にも相当辛い不妊治療に耐えてきた妻──。

仮にこの夫婦が自然妊娠したとしても、親の優秀な遺伝子が子に引き継がれるとは限りません。そもそも大前提として、子供の人生は子供自身のものであって、親のものでは決してない。基の両親も著名なダンサーだったから、「まだ見ぬ自分の子供は、きっとバレエの天才に違いない」みたいな妄想&幻想を抱いてしまっているのかもしれません。百歩譲って才能があったとしても、バレエとは別の道を選ぶ可能性も権利も当然あるわけです。にもかかわらず基は、子供よりも妻よりも、とにかく自分、自分、自分。利己的で身勝手で、他者への配慮や気遣いというものが感じられない。基はバレエダンサーとしては優秀なのでしょうが、人としてはちっとも尊敬できないですね。そのイヤ〜な感じを、稲垣さんが見事に表現しておられます。ドラマ視聴中は、彼が本当に嫌な人間に見えてしまうほど(笑)。

 

さて。私の目には、「代理母を依頼するほうも引き受けるほうも、どっちもどうかしてるよ…」としか映らないけれど、原作者・桐野さんは、これまでも“一線を超える人”の物語を数多く紡いでこられた作家さんです。現実世界でも、自分が一線を超えてしまったことに気付く人・気付かない人・気付かないふりをする人、いろいろな人が存在することでしょう。自分自身もいつそうなるか分からない、とは考えにくいものの、“既に一線を超えてしまっている人”が知人の中にいたり、どこかですれ違ったりする確率は低くないだろうなぁとは思います。


ドラマは、「現在、第三者の女性の子宮を用いる生殖医療『代理出産』について、国内の法は整備されていない。倫理的観点から、日本産婦人科学会では本医療を認めていない」という文言からスタートします。付け加えますと、代理母云々の前に、精子提供或いは卵子提供に関して、我が国では法律上の規制自体がありません。ただ、ガイドラインは存在します。その一部を抜粋してご紹介します。


◆第三者の提供精子を用いる人工授精の対象は、法的に婚姻している夫婦に限る

◆同一提供者からの出生児は10人以内とする

◆提供者は原則匿名

◆無秩序な提供を防ぐため、指定の病院やクリニックに限る

◇提供卵子による妊娠、出産や、第三者の子宮に受精卵を移植する代理懐胎は認めない

…等々。


しかしながら現在、指定された十数ヵ所の施設はあまりうまく機能していない模様です。近年、生まれてくる子供の“出自を知る権利”を守ろうという動き(=ドナーの情報開示を求める動き)が活発化したことも影響しているのか、十分な数の精子を確保できない施設が多いそう。このことが後押しとなって、アンダーグラウンド…つまりSNS等での“闇の精子取引”が増えてしまったのかもしれません(*指定の施設以外でも、提供精子による人工授精を行っている病院・クリニックは結構存在します。なお、国内初の精子バンク「みらい生命研究所」は昨年3月で活動を中止。それとは別に、今月15日、非匿名ドナー限定の精子バンク「プライベートケアクリニック東京 東京院」が開業予定です)。


動機が「誰かの役に立ちたい」であれ、「単なる小遣い稼ぎ」であれ、医療機関以外で安易に精子を提供するのは大変危険な行為です。感染症等のチェックもないまま、見ず知らずの人に精子を渡し、その精子から生命が誕生してしまうかもしれない──。これは非常に無責任で恐ろしいことです。ネット上では、多くの人に精子を提供し、「50人以上子供がいる」と話す人もいるんだとか。彼は近親婚の可能性を全く考えないのでしょうか…? 理解に苦しみます。

 


一方、2022年12月、「ドナーリンク・ジャパン」という一般社団法人が設立されました。提供精子や提供卵子で生まれた人と、過去に精子卵子を提供した人、加えて、同じ提供者から生まれた人同士を結びつけることを目的とした団体です。構成メンバーは、研究者、医師、社会福祉士、そしてAID(第三者の提供精子を用いた人工授精)で生まれた当事者等さまざま。

“当事者”は40代の女性です。彼女が23歳の時、父親が遺伝性の病気を発症。そのことをきっかけに、自分がAIDによって生まれた子供であると母親から告げられたそう。

「母から、『慶応大学病院でやってもらったけど、ドナーは匿名だから誰の精子を使ったかは分からない』と言われました。母のことは好きですが、隠されていたことにショックを受けました。どうしてそんなに大事なことを黙っていたのか…。私は一体何者なのか。私は自分が、母と、精子という“モノ”から生まれたように感じてしまいました。モノではなくて、ちゃんとそこに実在している人が関わって自分が生まれて、今ここにいるんだということを確認したい。だから提供者を知りたいんです」(昨年6月放送のNHKクローズアップ現代」を要約)

真実を隠す人も多いため、正確な数は把握できていないようですが、AIDで生まれた子供は1万人とも2万人とも言われています。ということは、彼女のような悩みだったり、または“裏切られた感”だったり喪失感だったりを抱えている人が大勢いらっしゃるだろうと予想できます。


「子供が欲しいと願う権利」は、誰にでもあると思います。でも、生殖医療で生まれてきた子供たちは、「自分は何者なのか」「遺伝子上の親を知ることは一生出来ないのか」と悩み、長く苦しむことになるかもしれません(もちろん、遺伝子上の親を気にしない子供たちもいると思いますが)。その点を考慮した上で、それでも、どうしても血を分けた子供が欲しいものなんでしょうか。己の欲望が、そんなに大切なのでしょうか。

 


私の妹は、長い不妊治療の末に娘を授かりました。今は忙しいながらも毎日幸せそうだけれど、治療期間中はこちらも本当に辛く、見ていられないほどだった。狂ったように歓喜したかと思ったら、次の瞬間には悲しみのどん底に突き落とされる。精神面・肉体面・経済面、その全てがものすごい勢いで削られていく。彼女のやつれた姿や嗚咽する姿を見る度に、「もうやめなよ。もっと自分自身を大事にしてあげなよ」と喉まで出かかったけれど、「私が口を出すことじゃないよなぁ…」と必死に引っ込めていました。

これは仮の話です。

もしも当時、彼女に「どうしても子供が欲しいから、お姉ちゃんの卵子を提供してほしい。全然知らない人より、私と近い遺伝子を持つお姉ちゃんの卵子がいい」と懇願されたとしたら、私は全力で断ったことでしょう。いくら可愛い妹の頼みでも、法に触れていなくても、私の倫理観には思いきり反します。それに、仮にうまくいったとして、「将来子供にどう説明するんだ?」「姪っ子もしくは甥っ子が、事実を知った時の気持ちを考えると…正気じゃいられない気がする」と思うからです。「だったら誰か別の人に頼む」と脅されたとしても、絶対に応じません。倫理観については、私もどうしても譲れない。


不妊治療では授かれなかったご夫婦をはじめ、無精子症の方、ゲイカップル、レズビアンカップルにとっては、生殖医療というのは“希望の光”なのかもしれません。ですが、光あるところに影ありです。その“影”を背負うのは他でもない、生まれてくる子供かもしれないのです。


「踏み入れてはいけない領域」「超えてはいけない一線」って、確実にあると思います。私はその領域を侵したくないし、一線を超えたくない。法整備が遅れたせいで、或いはモラルを欠いたせいで、気付いた時には近親婚だらけで最早取り返しがつかない…。そんな未来を迎えないために、一刻も早い法整備を望みます。何十年も先送りにしてきた問題のツケを払わされるのは、これからの子供たちなのです。


国内初のAID児誕生から、早や70年以上。それから今日に至るまで、生殖医療による子供たちはひっそりと誕生し続けてきました。

「遺伝子上の親が誰なのか分からなくて不安」

「自分のルーツの半分は、一体どこにあるのだろうか?」

「好きになった相手が、自分と同じく提供精子や提供卵子で生まれた人だったらどうしよう。万一提供者が同じだったら…? でも、提供者の情報を知る術は何もない」

もし私が当事者だったら、上記のような思いを抱えながら生きるだろうと思います。私の場合、「遺伝子上の親は、今目の前にいるこの毒親じゃないんだ。それはラッキー!」という感情も上乗せされるでしょうが、問題は3番目ですよね。

誰かと出会って恋をしても、相手は“自分ときょうだいである可能性がゼロではない”わけです。これはかなりしんどいと思う。「この人めっちゃ気合うし、一緒にいて心地いいけど、それって『私たちがきょうだいだから』ってこと、ない?」と疑わなくてはいけないのですから。そして自分の事情を話し、相手の事情を尋ねる必要もあります。ここでクリアできたとしても、相手の親が、「あなたはAIDで生まれた子だ」と打ち明けていない可能性だってある。さらに、打ち明けていたとしても、遺伝子上の親が誰なのかはお互い分からない…。「毎回、相手とDNAデータを交換し合えばいいんじゃない?」とでも言うのだろうか。

それでも、是が非でも、何が何でも、血を分けた子供を誕生させたいですか? 生まれてきた子供たちは、幸せへの道が遠くはないでしょうか。

私はただただ、子供たちの“心”が心配です。

 

ドラマ「燕は戻ってこない」のキービジュアルです。ここには名前の記載がないけれど、推し声優の一人・朴璐美さんが出演されていて歓喜! あらためて聴いても、やっぱりめちゃくちゃいい声だなぁ♪

 

こちらは原作「燕は戻ってこない」(桐野夏生著/集英社)の表紙です。ダークな色合いと、作品タイトルの位置・書体・詰まった字間が目を引く装丁ですね