女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

愛している。だから別れる

私は現在アラフォーなので、結婚するまでそれなりに恋愛を重ねてきました。「どれも皆、同じくらい大切な恋だった」と言えば嘘になるけれど、「どの恋愛を欠いても今の自分は形成されなかった」というのは本当です。ここでは、学生時代の淡い恋や、しょうもない遊び人に引っ掛かった時の話(笑)等は割愛し、“社会人になってからした全ての恋”を振り返ってみたいと思います。順を追って、一人ずつ。まずはHさん。

 

Hさんは、今までで一番長くお付き合いした人です。私2230歳、彼2533歳までの8年強(うち7年半は同棲)を共に過ごし、周りも結婚を信じて疑わないほど良好&ラブラブな関係でした。ちなみに、Hさんの基礎データは〔181㎝・67㎏、細身だが筋肉質、スポーツ好き、めちゃくちゃ優しい、肉体労働系、同僚&後輩思い、結婚願望強め、兄ありの次男、東京都出身/夜の生活=ニュートラルタイプ〕という感じです。

 

出会ったのは、1212という大きめの合コン。当時の私はお金がなかったため、友達からの「人数合わせでいいから来てよ。タダで美味しいご飯食べれるよ♪」という誘い文句にホイホイ乗り(笑)、食事目当てに会場へ。黙々と蟹炒飯を食べていたら、一人の男性に声を掛けられました。それがHさん。キラキラ女子やゆるふわ女子を差し置いて、黒髪ショート(しかも左の前髪だけ長いという個性強めのアシンメトリースタイル)に黒T+カーキ軍パンで炒飯をかきこむ女子に興味を示すメンズがいるとは意外でしたが、後日訊いたら「そこが良かった」そうです。あとは、スポーツに詳しい彼女が欲しかったらしく、野球やら格闘技やらの話で盛り上がれたのが嬉しかったとか。世の中、何が幸いするか分かりません。

 

ただ、そのとき私は絶賛就活中。恋愛なんて二の次で、志望先(現勤め先のほか出版系数社に応募)に受かることだけを考えていました。だからデートの誘いにもなかなか応じず、メールも翌日くらいに返すという素っ気ない態度。それでも「あんまり根を詰めないほうがいいよ」とか「気晴らしにちょっとだけ」とか1ヶ月近く連絡し続けてくれたので、一度会うことに。その時のデートがお互いすごく楽しくて、「就職が決まったら正式に付き合おう」となりました。

 

無事に内定をもらい、彼氏・彼女の仲になってから、私はHさんのことをどんどん好きになりました。社会人の先輩として仕事上のいろいろなことを教えてくれたし、恋人としてめちゃくちゃ優しく、「愛されている」という実感が毎日あってすごく幸せだった。付き合って半年後、私のアパートの更新が近付いてきました(私は20歳で独り立ち)。Hさんは18歳の時から働いており、将来設計も大変しっかりしている方。既にファミリータイプのマンションを購入し、そこで一人暮らしをしていました。「ウチ広いし、毎日会いたいし、一緒に住まない?」との提案を受け、毎月ローンの半額を家賃として彼に支払って同棲開始。彼は「家賃なんて要らないよ」と言ってくれたけれど、12歳の時点で「男性に寄りかからず生きる」と決めていた私は、「払わせてくれないならここには住まない。恋人同士でも、お金のことはきっちりしたほうがいいと思う」と凄んで彼を若干ビビらせました(笑)。

 

同棲開始から半年(付き合って1年)後、何と!Hさんがプロポーズをしてくれました。職場でも家でも大抵作業着の彼が、わざわざスーツに着替えている時点で感動。ひざまずいて指輪を差し出し、私の目をまっすぐ見て「俺と結婚してください」と。これは本当に、ものすご~く嬉しかった。「私と『一生一緒にいたい』と思ってくれてるってことだよね♡」という単純明快な喜びですね。けれどその直後、「え、結婚⁉ どうしよう、結婚願望全然ないんだけど…」と我に返りました。私は、彼が左手の薬指にはめてくれた指輪を見つめながら、「ありがとう、すごく嬉しい。返事、今じゃなくてもいいかな。突然だったからびっくりしちゃって」と言うのが精一杯。彼も一瞬動揺していましたが、「うん、そうだよね。ゆっくりで大丈夫だよ」と言ってくれました。

 

数日後、将来の話をじっくりしました。そこで私は、彼が30歳までに結婚したいと思っていること、子供を望んでいること、奥さんにはなるべく家にいてほしいと願っていること等を知り、彼もまた、私に結婚願望と出産願望がないこと、旦那さんとは対等な関係でいたいと思っていること等を知ります。一致していたのは、「ずっと一緒にいたい」と思っていることくらい。だから返事としては、「プロポーズしてくれたのは素直に嬉しいし、あなたのことは大好き。でも今すぐに結婚したいとは思ってない。この先も結婚したいと思えるかは分からない」という曖昧な感じ。それでも彼は「分かった、30歳までは待つよ。4年の間に気持ちが変わって、結婚したい!ってなるかもしれないし」と微笑んでくれました。本当に優しくて思いやりのある人です。

 

さて、4年という月日はあっという間に流れました。仕事は楽しく&忙しく、締切前は毎日終電、月に2~3回の地方出張、休みも10日に一度ほど。でも家に帰れば彼が労ってくれて、何の不満もない生活です。そして気が付くと、彼の30歳の誕生日を祝ってから3年が過ぎていました。その間、実家を訪ねてご両親に挨拶もしたし、長年同棲しているしで、彼の家族は「早く籍を入れればいいのに」と思っていたことでしょう。私自身も、自分の気持ちが変わることを期待していました。「Hさんのことがこんなに好きなんだから、そのうち『彼と結婚したい』と思うんじゃないか?」と。でも、付き合ってから8年経っても、私の気持ちは変わらなかった。変わったのは、彼の気持ちのほうでした。

 

ある晩、真剣な顔で「話がある」と彼。膝を突き合わせて床に座り、「子供は諦めるから、俺と結婚してほしい。俺は君と2人で生きていくだけでも幸せだから、子供は産まなくていい。だから結婚しよう」と言われました。ものすごく驚きました。8年の歳月を共に過ごしてきましたから、彼がどんなに子供を欲しがっているか、出会った当初よりずっと理解しています。キャッチボールをする兄弟、お父さんの肩車ではしゃぐ女の子…公園で、街中で、小さな子に向けるその眼差しは、いつも愛おしさで溢れていました。それなのに「子供は諦める」と言うのです。そう言わせているのは、他でもない私。大好きな人が、世界で一番愛する人が、自分のために子供を諦める。ずっと欲しがっていた未来を諦める。そんなこと、私には耐えられませんでした。これ以上、彼を縛り付けてはいけない。彼が望む未来をプレゼントしてあげられないのなら、私のほうから手を離すべきだ。

 

私は、「ありがとう」と「ごめんなさい」を、それまで生きてきた中で一番たくさん言いました。「気持ちは嬉しいけれど、自分のせいであなたの未来を奪うのは耐えられない。あなたには幸せになってほしいし、良いお父さんにもなると思う。もっと素直でかわいらしい彼女を見つけて、いずれ結婚して理想の家庭を築いてほしい」というようなことを伝えました。彼は最初「何で⁉」「別れるなんてイヤだ」と繰り返していましたが、上記の説明をし続けると、何時間か後には「分かった」と言ってくれました。あの日は2人とも、これ以上ないほど泣いて、すごいサイズにまで目を腫らして、朝まで抱き合い続けました。男の人があんなに泣く姿を、生まれて初めて見た気がします。そして、誰かに「愛しています」と伝えたのも初めて…というか、人生で一度きりです。「好き」とは言っても、「愛してる」とは、Hさん以外に言ったことがありません。

 

「好きで別れる」というのは、映画や小説の中だけの話だと思っていたのに、実生活でも起こりえるんですね。彼を本当に愛しているからこその、苦しい決断でした。

 

心優しい彼のことです。もしあの時「じゃあそういうことで、よろしくお願いします」と結婚していたら、きっと今頃2人だけで暮らしていたことでしょう。でもそれは、彼の「我慢」や「諦め」の上に成り立つ結婚生活です。「お互いに幸せ」だとは言えない。だから、別れを選んだことに後悔はありません。愛してくれて、待ってくれて、励ましてくれて、慰めてくれて、教えてくれて、包み込んでくれて、笑い合ってくれて…当時も今も、心の底から感謝しています。ありがとう、Hさん。

 

ただ、あまりにも長く一緒にいたせいか、Hさんと別れた後も、ふと彼の名前を呼んでしまったり、知らない間に泣いていたり、恋しくて彼の幻を見てしまったり、という日々が続きました。頂いた指輪(シンプルなプラチナリング)も7年半、ずっと左手薬指にはめていたため、外した時は“指輪がないことへの違和感”がすごくありましたね。仕事の現場でもはめていたので、「あれ? 離婚したの?」と訊かれることも多くてその度に落ち込んだなぁ…。結果、引きずりに引きずりまして(笑)、立ち直るまでに2年ほど掛かりました。

 

数年後、風の噂で「Hさんが結婚し、子宝にも恵まれた」と聞いた時は、飛び上がるほど嬉しかったです。「やった! 彼の望みが叶ったんだ‼」と思うと、自分のことのように嬉しかった。私は現在、既婚者だけれど、今もHさんのことを大切に思っているし、多分ずっと愛したままです。それはヨリを戻したいとかそういうことでは全然なく、もっと純粋な想い。別れて以降は連絡先も知らないけれど、彼の幸せを永遠に願っています。どうか、ご家族ともども平穏無事に暮らしていますように──。