女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記

自己の証明

会社を辞めてから約3週間。離職票ほか書類一式が自宅に届いたので、先日、諸々の手続きをしてきました。手続き後に実感したのですが、仕事も運転免許証も持たない人間は、とっさに「自分が何者であるか」を証明するのがすっごく大変なんですね…。


私は生涯、車を運転するつもりがないし(笑)、「東京で生活するなら車は必要ない」と思っているため、免許を取得していません。よって、「身分証を」と求められた際は社員証、健康保険証、(事前に準備していたら)パスポートを提示していました。けれど現在、当然社員証はありませんし、保険証も切り替え中で手元には未着、パスポートもつい先日、気付かぬうちに10年が満了してしまっており(泣)身分証としての効力はゼロ。マイナンバーカードも取得しておりませんゆえ、現在“私が私である証明”をするのが非常に困難な状態です。これは今までに置かれたことがない状況で、何と言うか、めちゃくちゃ心細い。よほどの事情がない限り、住民票やら国民年金手帳やらを持ち歩くことはないと思っていたけれど、今こそまさに“よほどの事情”なのだと気付きました。だって、何かあった時、すぐに身分を証明できるものを携帯できていないのですから。この事実だけで、人はこんなにも心細いものなんでしょうか。


しかも仕事をしていない今、外で呼ばれる名前は夫の苗字です。私は夫婦別姓を希望している者の一人ですが、「制度が整うまではペンネームだと思って諦めよう」と覚悟を決め、妥協して夫の姓になりました。でも、正直言ってやっぱりイヤだし、結婚して1年近く経っても全然しっくり来ていません。「これは私の名前ではない」という感覚が非常に強く、公的機関等で「◯◯さ〜ん」と呼ばれても気付かないことが多々あります。それほどまでに馴染んでいない…というか、想像していたよりずっと「受け入れたくない」んだろうと思います。


「自分のじゃない」と思っている名で呼ばれ続けると、何とも表現しがたい、虚無感のようなものが募ります。「◯◯さんの奥さん」とか「◯◯ちゃんのママ」とかもそうかもしれないけれど、確かに呼ばれているにも関わらず、そこに自分が存在していない感じがするのです。これまで三十数年間に渡り、旧姓+下の名前の組み合わせで“私”として生きてきたわけで、夫と結婚して「半分変わりましたよ」と言われても、急に慣れるのは難しい。加えて、夫の姓は本当によくある苗字で、クラスや職場で2〜3人はカブる名前。親しみやすいけど、愛着は湧きにくいんだよなぁ…。一方私の苗字はそこそこ珍しく、同じ姓の人に現実世界で会った経験は一度だけ。そう考えると、響きがカッコ良くて絶対数が少ない苗字だったら、改姓にもあんまり抵抗がないのかしら。例えば榊、京極、剣持、西園寺、観音坂…下の名前をくっつけて具体的にイメージしてみたけれど、そういうことでは全くないですねコレ(笑)。


要するに、アイデンティティの問題なんだと思います。たかが名前、されど名前。名前というのは、“自分を形成するもののうち、なくてはならない大切な要素”の一つです。それなのに、結婚したら否応なくどちらかの姓に変えなくちゃいけない。しかも現状、大抵は女性が「望まないのに仕方なく」改姓しています(もちろん、望んで改姓する方も大勢おられますけどね)。


一説によると、妻の姓に変える夫は、全体のわずか4%だとか。つまり、少なく見積もっても9割は妻が夫の姓に変え、煩わしい手続きの一切合切を引き受け、改姓によるキャリア中断の危機に晒されているわけです(特に研究者)。私の周りでも、「改姓するくらいなら結婚しない」「改姓したくないから事実婚」という友人・知人が結構います。選択的夫婦別氏制度を導入するだけで、「それなら」と結婚へ舵を切るカップルの数は増えると予想できるのに、最初に議論されてから20年以上、何も進展していないように見えます。普段ポジティブな私でも、これは絶望したくなるほどヒドイ数字。


単に「結婚しろ、子供を産め」と言い続けたってどうにもならないことは、さすがに政治家たちだって分かっているはず。だったら「結婚後、同姓でも別姓でもオッケー」とか「日本全国どこに住んでいようと、同性同士で結婚できる」とか、すぐ成果が出そうなものをスピーディーにどんどん進めればいいのにと思います。何事も時代に合わせて変えていかなければ淘汰されるだけだし、このまま手をこまねいていたら未婚率は上がる一方でしょう。個人的には「別にそれでもいいじゃん」という考えですが、国が「それでは困る」と主張するのなら、それ相応の対策とセットで言ってもらいたい。


妊婦の苦労を体感するのは難しくとも、改姓に伴う手続きの煩わしさ、「アイデンティティを揺るがすような虚無感」を味わうことは誰にだって体験可能です。男性政治家たちも、身をもって経験してみたらいいと思います。結婚による改姓がどれほど苦痛か、または何も感じないか、或いは嬉しいか。“他人事”ではなく“自分事”として実体験すれば、少しは“その立場に置かれた人間”の気持ちが分かるかもしれません。