女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

幸せって、どういうこと?

俳優・三浦春馬さんが他界して、約3週間が経過しました。「事実を確認中」としていた所属事務所からは、未だ何の発表もありません。いえ、“何の発表もない”というのは違いますね。特設サイトの開設だったり、2nd.シングル発売についての告知だったりはある。けれど、肝心なことには一切触れていません。あの日以降、ずっと「事実の発表」を待っていましたが、これだけ時間が経っているにも関わらず会見も説明もないのなら、もう期待は出来ないかもしれない。

 

何度か書いている通り、私はエンタメ系雑誌の記者をしています(来月で辞めますけどね)。歌手や俳優が亡くなった場合、訃報を載せる必要があるため、当社にも事務所やレコード会社等、しかるべきところからそのお知らせが届きます。情報としては、死亡日時や病院名、死因、葬儀・告別式の日程と場所、喪主、供花の取りまとめ先、プロフィール(生年月日や出身地のほか、デビュー作、代表作、遺作等)…といった感じ。我々は、その情報をもとに訃報記事を書いたり、時には特集を組んだりします。もちろん、当社のような弱小出版社には全てのお知らせが届くわけではないので、一概にどうこう言うことは出来ません。ただ、16年間記者の仕事をしてきた人間として、通常では考えにくい対応だというのが率直な感想です。

 

読者の皆様には口が裂けても言えないけれど、過去に書いた訃報記事の中には真実でないものも存在します。例えば、「死亡場所は治療先の病院」としていても、実際には“家族でない人の家”だったり、「死因は不明」としていても、本当は自殺だったりアルコール中毒だったり。でもそれは、ご本人やご遺族、そして何よりファンの方を想っての措置です。“真実を伝えることだけが正しい”とは、私は思っていません。

 

この世には、“優しい嘘”というものが存在します。その嘘によって、苦しまずに済む方が大勢いる。知らなくてもいい真実を、わざわざ公表する必要はないと思います。三浦さんの場合も、“知らなくていい真実”があるのかもしれないなぁと、ぼんやり考えたりしております(あくまで私見です)。だから、事務所からの発表を待つのはもうやめにします。「彼の人生は30歳で幕を閉じたのだ」という現実を、自分の中で受け止めるしかない。

 

肉体はなくとも作品は永久に残るので、ある意味「生きている」といえば生きている。三浦さんが本当に残したかったものが残せているかどうか…はご本人にしか分からないけれど、彼を応援してきたファンの方々にとっては、きっとそれらが大きな支えとなるはずです。好きな人の映像がある、写真がある、声が聴ける、文章が読めるというだけでも救いがあると思います。会いたい時に会えるし、いつだって“その人”を感じられるのだから。

  

三浦さんに直接お会いしたことはありませんが、歌手・JUJUさんと共にMCを務められていたレギュラー番組「世界はほしいモノにあふれてる」(NHK)を毎回楽しみにしていました。そのくるくる変わる表情や、何気ない一言(VTRを観ての感想等)がとても素敵で、“役者ではない三浦春馬”が存分に引き出されていた良質な番組だと思います。大きな声では言えないけれど、私は俳優がバラエティー番組に出たり、素の姿を見せたりすることに対して、あまり肯定的ではありません。俳優には「演技で圧倒してほしい」「芝居が良ければ私生活はどうでもいい」「喋り過ぎたりサービスし過ぎたりして、俳優としてのイメージを崩さないでほしい」と思っているからです。ただし、“人間としての魅力”に溢れている方は別。これは役者に限ったことではありませんが、職業がどうとか関係なく、人間として惹かれる方にはどうしたって興味が湧きます。もっと知りたい、話を聴いてみたいと思う。そして、じっくり話を聴いた結果、心配になるケースも多々あります。特に芸能界においては。

 

皆さんは、芸能界に対してどういうイメージをお持ちでしょうか。私はこの業界に入るまで特に何のイメージもなかったけれど、曲がりなりにも16年間記者の仕事を続け、一部分とはいえかなり間近に見てきたつもりです。結論としては、「生き馬の目を抜くとはこういうことか」「魑魅魍魎がうごめく世界」と感じています。容姿が優れていたり、実力があったり、コネがあったりするだけでは売れない。売れたとしても、そのポジションを維持するのは本当に大変というかほとんど奇跡だし、売れたら売れたで“そこに到達した者にしか分からない苦悩”が待っている。とてつもない孤独や、想像を絶する妬み、憎悪もあります。

 

私は売れている方もそうでない方も担当していますが、経験上、一番楽しそうに見えるのは、天然な方、ボーッとしている方、鈍感な方(褒めてますよ、念の為・笑)。こういうタイプの方々は、売れていようといまいと「好きなことが出来て嬉しい!」という喜びに満ち溢れている。そして、大概テキパキしたマネージャーさんがつくため、ご本人はニコニコ&のびのび活動することが可能。関係者たちも「ったく、しょうがないなぁ〜」という感じでなんだかんだ面倒を見るので、ご本人のストレスが非常に少ない。愛されキャラというか、天性の“人たらし”ですね。

 

一方、見ているだけで辛くなってしまうタイプの方もいます。ヒット曲もあって有名で、ライブを実施すれば常に満員。けれどあまり楽しそうじゃない。私が担当する方の中にも、そういう方は何名かおられます。

 

数年前の取材時。休憩中、たまたま2人きりになったタイミングで「僕は人間じゃないんだ。人間じゃなくて商品。お金を生む商品なんだよ」と、輝きを失った瞳で言う方がいました。長年その方を担当していることもあり、彼の思考や悩みはある程度把握しています。一瞬で「これはかなりヤバイ状態だな」と分かりました。食い気味に「あなたは人間だよ。たとえ事務所から商品だと思われてても、自分で自分を物みたいに言っちゃダメだよ」と返したら、「そんなふうに思ってくれる人は誰もいない」と嗚咽していました。私も涙がボロボロ出て、その後止めるのが大変だった。「大勢のファンを幸せにしているこの人自身は、今ちっとも幸せじゃないんだ」と感じ、やりきれない思いでいっぱい。彼は「ステージに出たら、お客さんが1人もいない夢を何度も見る」とも言っていました。普段からあまり眠れていないのに(当時、「睡眠導入剤がないと一睡も出来ない」と言っていた)やっと寝られたと思ったらそんな夢を見るなんて…。現在は少し落ち着いたので、目に輝きが戻ってきたけれど、“売れる=幸せ”とは限らないことを痛感させられた出来事でした(当然、売れて幸せそうにしている方もたくさんいらっしゃいます)。

 

なので、デビュー前の新人さんや、初対面の若手と挨拶を交わす際、相手が天然だったり「デビューしたら超モテたいです♡」とか言ってる子(笑)だったりすると、「おぉ、たくましい! 彼らは放っておいても大丈夫だな」と安心します。心配になるのは真逆の方たち。容姿も性格も良く、何事にも真面目でストイック。とことん誠実で裏表がなく、誰からも好かれる。ずる賢い面や計算高い部分が見当たらない。良い意味での図々しさや、“世界は自分を中心に回っている”とか“みんな自分のことが大好き”的な考えがゼロ──。相手がこういうタイプだった場合は、期待よりも不安の気持ちが先に立ちます。大丈夫かな、やっていけるかな、と思ってしまう。

 

裏を返すと、少し癖のある性格だったり、めちゃくちゃワガママだったり、姑息だったり腹黒かったりする新人や若手に出会うと、嬉しくなってついニヤニヤしてしまいます(笑)。誤解を恐れずに言えば、それぐらいか、もしくは壊滅的に鈍感だったり我が道を行きまくるぐらいでないと、芸能界に身を置き続けるのはキツイと思う。好きなだけじゃ、容姿端麗なだけじゃ、歌や芝居が上手いだけじゃ、とてもじゃないけどやっていけない。その上、相当な努力と進化をし続けなくてはいけないのだから、裏側は、表側から見えているほど華やかではないと実感しています。しかも、浴びる光(スポットライト)が強い分、影も同じように濃く出てしまう。彼らの姿を見ているうちに、「幸せって、一体どういう状態のことを言うのかなぁ」と、深く考えるようになりました。

 

歌手や俳優にインタビューする際、いくつか“定番の質問”があります。その中の一つが、「何をしている時が一番幸せですか?」「今一番幸せを感じる瞬間は?」というもの。今思えば、「あなたは?」と逆質問されることも多かったなぁ…。それだけ答えづらいというか、高みに行けば行くほど、分からなくなるものなのかもしれません。

 

ちなみに私は、先日久しぶりに行ったリラクゼーションサロンで思いきり幸せを感じました。“全身+夏限定!ひんやりヘッドマッサージ”のコースを選んだのですが、頭とデコルテが本当にひんやりしてすっごく気持ち良かった~♪ この日の幸せ代金、税込11,800円也(笑)。