女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

天命と天職

「小さい時からずっと『歌手になりたい』と思っていて、それ以外の選択肢は頭になかった」

「とにかく歌が好きだから」

「俳優の他に、自分に出来る仕事はないと思う」


前職(エンタメ系の雑誌記者)で私は、のべ2,000人以上の歌手や俳優にインタビューさせて頂きました。「なぜこの仕事に就いたのですか」と尋ねると、ある程度キャリアのある方は上記の答えが多かったように思います。次に多いのが、「歌手なんて考えてもいなかったけど、周りの人に『歌上手いね。プロになったら?』とおだてられて」とか、「俳優になったのはたまたま。でもやっていくうちに芝居が好きになって、今もずっと続けてる」パターン。なので特に何も思わないというか、ただ「そうなんですか」と事実を受け止めるまでです。けれど16年間でお二方だけ、「好きじゃないけどこの仕事をしている」という歌手、俳優に出会いました。


お一人目は誰もがその名を知る歌手で、ベテランといっていいキャリアの方。ヒット曲もたくさんお持ちで、唯一無二の歌声です。私は彼の担当記者ではなかったものの、何度かインタビューする機会に恵まれました。ただ、その方は「大の取材嫌い」で有名。たとえ1時間与えられていても、10分ほどで帰ろうとしてしまう“記者泣かせ”だと聞いていました。私は運良く彼と同じプロ野球チームのファンだったため、初回から野球談義に花が咲き、40分以上雑談。残りの15分で新曲の話を引き出すことができ、「いやぁ、楽しかったよ。また野球の話しような」と気に入って頂きました。野球よ、ありがとう(笑)!


そして、親しくなるにつれ、彼が10分で帰ろうとする理由も分かってきました。


「俺さ〜、昔から自分の曲についてあーだこーだ語るのイヤなのよ。だって歌って“聴いてくれる人”のもんでしょ? 歌ってる本人が『これはこういう楽曲で…』とか説明する必要ないと思うわけ。変に先入観持って聴いてほしくないし、その人が感じたままでよくない? だからさ、決まり切った形のインタビューなんかしなくていいから、君が聴いて思ったことを書いてくれればそれでいいよ。何を書いても絶対文句言わないし、スタッフにも言わせないから。そんなことより野球の話しよう」


そうです。彼は決して取材嫌いなのではなく、リスナーのことを第一に考えているだけだったのです。会ってもいないうちから先輩や周りの方々の話を鵜呑みにし、「◯◯さんは取材嫌いなんだ」と思い込んでいたことを猛省しました。何事も、自分の目や耳、そして心で確かめてから判断しないといけませんね。


回を重ねるごとに、6対4だった野球と歌の話が5対5、4対6、最後は2対8になりました。彼の歌の話は実に深くて、どれも心の底から「へぇ」とか「ほぅほぅ」とか言いながら頷きまくるので、終わる頃には毎回首が痛かったです(笑)。中でも一番興味深かったのが、「俺は歌が好きじゃない」という発言。


「歌を始めたのは本当に成り行き。仲間の代理で歌ったら評判になっちゃって、スカウトされて、あれよあれよと東京に連れてこられて気付いたらデビューしてた。そしたらさ〜、周りは『歌が大好きです!』って奴だのべらぼうに上手い奴だの、そんなのばっかり。レコーディングした時は『早く地元に帰りたい』と思ってたけど、お客さんの前で歌ってから意識が変わった。『この人たちは、わざわざお金を出して、時間を割いて俺の歌を聴きに来てくれてるんだ。半端な気持ちで歌うのは失礼だ』ってね。それからは必死で練習したよ。だって、歌が好きで仕方ない奴とか元々上手い奴とかに勝てるわけないじゃん? だったら俺は、その何倍も努力するしかない。今も歌は好きじゃないけど、感謝してるし大事にしてる。なんたってメシの種だからね(笑)」


その話を受けて、私が「それは全く存じ上げませんでした。では導かれたというか、“歌うこと”が◯◯さんの天命ってことなのでしょうか」と返したら、彼はカッと目を見開いて「君、いいこと言うね。今度(コンサートの)MCで使っていい?  『天職とは思ってませんが天命だとは思ってます』って」と冗談とも本気ともつかないことを言いつつガハハと豪快に笑っていました。「本心に近づけそうかな?」と思うと、毎度のらりくらりとかわされて結局辿り着けなかったけれど、根はものすごく真面目な方なのだと思います。“歌”に対して真剣に向き合われていることは、彼のステージを観れば一目瞭然ですから──。


お二人目は、中堅の俳優さん。主役を張るタイプではありませんが、映画・ドラマ・舞台とオファーの途切れない方です。彼が出演された舞台を取材する機会があり、その記事を読んだご本人から直々に連絡を頂いたのです。「とても的確な内容でした、ありがとう」と。以来、ちょくちょく連絡をもらうように。


彼は今も昔も役者一本ですが、音楽が大好きで実は歌手志望。様々なオーディションを受けたものの、通るのは「いつも役者として」で、「歌手として受かったことは一度もない」そう。でも、「芸能界に入って役者として名が売れれば、歌手デビューも出来るかもしれない」と思い「とりあえず役者になった」つもりが、チャンスはいまだ回ってこないんだとか。にも関わらず俳優を辞めない理由は、「求めてくれる人がいるから」「要求された芝居が出来てしまうから」。自分の作品を観て喜んでくれるファンがいる、「また一緒に仕事しましょう」と言ってくれるスタッフがいる、好きではないけど芝居が出来る=つまり向いている。だから俳優を続けてるんだと言っていました。


彼は大変冷静な方で、「“自分がやりたい仕事”と“自分に向いている仕事”が一致する人もいるが、僕は多分そうじゃない」と、若い頃から思っていたそうです。オーディションも「当時は才能じゃなく顔で受かったんだと思う。完全に“顔採用”だね(笑)」と言い切るほどで、自身の容姿の良さをよく分かっています。かと言って、いい加減な気持ちで芝居をしているわけじゃない。先程の歌手と同じで、「周りはいわゆる“芝居バカ”がほとんど。僕は下積みもないし演技も独学。その中で生き残るためには、誰よりも努力する以外ない」と言い、人知れず鍛練を重ねています。


彼とは好きな音楽の趣味が似ていたし、私が俳優より歌手の取材をすることのほうが多い事実を知っていたので、よくいろいろ訊かれました。「あのライブ行ったんでしょ? どうだった?」とか「◯◯さん、アルバム出す予定ありそうかな」とか。ただでさえ麗しい瞳を一層キラキラさせ、いつも楽しそうに私から最新情報を聞き出していて(笑)、「この人は本当に音楽が好きなんだなぁ」と感じました。


彼が一度、真剣なトーンで「大好きなことを仕事にするってどう? やっぱ毎日楽しい?」と尋ねてきたことがあります。「めちゃくちゃ楽しいですよ。でも、この世で一番好きな歌手にはインタビューしたいと思わないかな〜。実像や裏側なんて知りたくないし、遠い存在でいて欲しいから」と答えたら、「分かる!  僕もファンには言えないもん、芝居が好きじゃないなんて。『◯◯役、最高でした‼︎』とか『私はあの作品に救われたんです』とか言ってくれる人に向かって、そんなこと絶対言えない。僕だって、大好きな歌手が『好きで歌ってるんじゃない』とか言ってたらショックだもんなぁ…」と納得していました。


これは私見ですが、世の中には“天命を授かる人”が存在すると思っています。アスリートしかり、科学者しかり、歌手しかり。そして、天賦の才とともに、“努力し続ける才能”も持ち合わせている人だけが、その天命を全うできるのだと思う。私は残念ながら、天命を授かっていません。でも、天職はいくつかあると考えています。第一の天職は記者、第二の天職は現在探し中だけれど、第三、第四の天職もあるだろうなと予想しています。


前述の俳優に退社する旨を伝えた時、「えっ⁉︎   せっかく天職に就けてるのに、それを自ら手放すなんて信じられない! なんで、どうして???」と怒涛の質問を浴びせられましたが、「手放すっていう感覚はないですね。第二の天職を探すだけなので」と言ったら「えっ⁉︎   天職って何個もあるの???」とまたまた質問攻め(笑)。自分の意見を述べると、「へぇ、そうか。そういう考え方もあるんだ。じゃあ僕も、俳優が第一の天職で、歌手は第二の天職なのかもしれないね。良いこと聞けたなぁ、ありがとう!」とキラッキラの笑顔で帰っていきました。


でも、でもね…ごめんなさい。言えてないけど、あなたは天命を授かっている人だと思います。歌手じゃなく、俳優の。あんなにも心震わせる芝居が出来るのだから、きっと天命だと思う。もちろん、その天命に従うも背くも自由です。ただしあなたの芝居は本当に素晴らしい。多分、ご自身が思うよりずっと。


時に、「これが得意」とかのレベルではなく、何かの才能が突出している人って、“その才能”に気付いた瞬間どんな気持ちなんだろうか。嬉しいのかな、驚くのかな、それとも少し怖いのかな。何も勉強してないうちからすんなり芝居が出来るって、一体どういう感覚なんだろう? まぁ、いくら想像したとて全然分からないんですけどね〜(笑)。