女風は、用法・用量を守って正しく利用いたしましょう。

既婚ユーザー・ネギブロコの女性用風俗利用日記+日常譚

愛情と性欲

夫と結婚して2年4ヶ月、出会ってから数えると3年4ヶ月。その間、彼と性的に交わったことは一度もなく、キス(しかも「学生か?」と突っ込みたくなるほど軽いやつ・泣)の合計回数も多分、両手で足りるくらいだと思います。お気に入りセラピストさん達とは、一度の逢瀬で何十回もキス(こちらはもちろん、思いきりオトナのやつ♡)するのに、何だか不思議ですよねぇ。

 

さてさて。知り合って数ヶ月後、夫(当時は彼氏)から「実は今は性交渉が出来ない」と打ち明けられました。ただし「定期的に通院している」とは聞いたけれど、具体的にどういう状況なのかとか病院名とかを知らされたわけではなかった。それゆえ私は、いつしか「“性”にまつわる彼の発言には、虚実が混在している可能性もあるな」と考えるようになりました。彼と2年以上暮らしてきた現在は、「『性交渉が出来ない』というのは事実だろう」と感じています。そして、以前にも書いたのですが、「もしや彼はゲイなんじゃないか?」と疑った時期があります。理由は①「生涯子供は作らない」ことを固く誓っているから、②そういう映像作品に極端な嫌悪感を示すから、の2つです。

 

①に関しては、私も全くの同意見だからこそ彼と夫婦になったわけですけれども、ある日「単に『子供が欲しくない』んじゃなくて、『女性との性行為自体がイヤだ』という可能性もあるのか…」と気付きました。②は「おっさんずラブ」とか「きのう何食べた?」とか、BLを題材にしたヒットドラマを私が何気なく観ていると、あまりいい顔をしないのです。夫は普段、悪口っぽいことを言わない人なのに、「こういうの、本当に気持ち悪い」とあからさまに嫌悪感を示す。当初は「自分がゲイだから、それを悟られないために、敢えて大袈裟に“嫌がるフリ”をしてるのかな?」と思っていました。けれど、最近は「ゲイじゃなくてアセクシャルなのかも」と感じています。きっかけとなったのは、先日の記事「夫の性&結婚のメリット」でも触れた、アセクシャル(=他者に性的欲求を抱かないセクシュアリティ)の男女を主人公にしたドラマ「恋せぬふたり」。


当時の私は、夫が「こういうの、気持ち悪い」と拒否反応を示す対象は“男性同士の恋愛”だとばかり思っていたのですが、今は少し違います。ひょっとしたら、彼は“性的な行為そのもの”を「気持ち悪い」と感じているのかもしれない…。

 

よくよく考えてみれば、思い当たることは幾つかあります。

夫は結構な読書家で、小説や漫画が大好き。私も文庫本やら漫画本やらを度々貸してもらうのですが、私の知る限り、恋愛ものは皆無。本棚にはバトルもの、アクションもの、バディもの、歴史もの、ミステリー、SF他、骨太な内容の作品がズラリと並んでおり、色恋が絡むようなものは目にしたことがない。録画してあるドラマやアニメも大抵そんな感じだし、「好きな俳優は?」と尋ねても、挙がる名前は確かな演技力が光る男性俳優達と、「成長を見守りたい」という若手ライダー俳優達(←夫は、今も昔も「仮面ライダー」シリーズの大ファンなので)のみ。「好きな女優は特にいない」そうで、どんなに綺麗な女優さんが画面に映っても、テンションが上がったりはしません。テレビを見ながら、隣で私が「この女優さん、めっちゃ美人だね! もし何処かで会ったりしたらどうする?」等と興奮していても、「別にどうもしないよ」と冷めた返事(笑)。当然というか何というか、露出度高めの写真集とか、エロ本とかの類も発見したことがありません。

 

私はと言いますれば、「恋せぬふたり」が始まって以降、アセクシャルについて詳しく調べたり、当事者の皆さんが発信している動画等を多数見て、自分なりに勉強してみました。一口にアセクシャルといっても、人によって大きく差があり、本当にバラバラ。「『他者には向かない』というだけで、性欲自体はある。だから自慰行為は普通にする」人もいれば、「それもあんまりしない」人もいるみたいです。

先述の記事でも綴った通り、現在は“夫の性”への関心そのものが薄れているため、彼がEDであれゲイであれアセクシャルであれ、何でも構わないと思っています。私自身の性欲は女風で解消できているし、「彼と交わりたい」という願望も、とうの昔に失くなった。ただ、もし夫がアセクシャルだとしたら、その点への興味はものすごくあります。LGBTQ+の中で、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダーの友人はいるけれど、アセクシャルの友人は1人もいません。だから単純に知りたい、話を聴いてみたいという欲求はかなりある。

 

身内贔屓かもしれませんが、夫はルックスも素敵だし、物腰柔らかで優しくて清潔感があって、実に“無害そうな雰囲気”を全身から溢れさせている人です。つまり、ある程度モテてきたんじゃないか?と予想できる(実際バツイチでございます・笑)。であれば、仮にアセクシャルだとしても、アラフォーになるまでの間、ずっとセックスを避けて生きてきたとは考えにくい。特に10~20代なんて、女性も男性もそれ以外も性欲マックスといいますか、「隙あらばしたい」くらいに思っている人のほうが、全体の割合としては多いはず。それをどうやって切り抜けてきたんだろう、もしくはめちゃくちゃ無理して応じたりもしていたのか…?等、妄想が膨らみまくって仕方ないです。

 

あとは、ヘテロセクシャル(=異性に対して恋愛感情も性的欲求も抱くセクシュアリティ)の人とアセクシャルの人が付き合ったり結婚したりする場合、「年齢が若すぎると難しいかもしれないなぁ」と想像したりもしています。

 

私は現在アラフォーで、“もう十分に恋愛してきた感”があるし、精神的にも経済的にもまぁまぁ余裕があります。何より、「夫と熱烈に想い合って結婚した」とかじゃあ全然ない。だから現状、「性欲は女風で解消すればOK。夫はあくまで“平穏な結婚生活を送るパートナー”であり、セックスの対象ではない」と潔く割り切れていますが、これがアラサーの頃だったら、とてもじゃないけど同じようにはいかなかったと思う。まして“相手のことが好きで好きでたまらない状態”での結婚だとしたら…。もしも「歴代彼氏達とセックスなしで付き合えたか?」と問われたならば、「そんなの無理。苦しすぎる」と即答します。私は好きな人に沢山触ってほしい&自分からも触りたいし、キスもセックスも存分にしたい。夫の歴代彼女達だって、恐らくそうだったんじゃないかと思います。


アセクシャルの中には、パートナーに対して「自分は性的欲求がないから、セックスは外で(=誰か別の人と)してくれて構わない」という考えの人もいるんだそうです。「自分の中では“愛情と性欲は別”だから、ごく自然に切り離して考えてるけど、それを正直に伝えると、相手から『ひどい! 傷付いた』と言われたりもします。『好きなのに何で?』って。だから、アセクシャルヘテロセクシャルが、お互いの思考を完全に理解したり共感したりするのはとても難しいことなんです。他者に性的欲求を抱く人と、抱かない人──。そりゃあ平行線というか、混じり合いようがないでしょう?」(当事者発信のYoutubeSNS等の要約)


言うまでもなく、私はヘテロセクシャルです。よって、例えば大好きな相手に「君への愛情はあるけど、僕には『誰かとセックスしたい』っていう欲求がない。だから、そういうことがしたくなったら他の男性と済ませてきてね」なんて言われたら、いくら口で説明されたとしても、ショックを受けてしまうと思います。そして、“好きな人と付き合っているのに体の関係がゼロ”という状態は、若い頃の私だったら多分、長くは耐えられない。そう考えると、「アセクシャルの方々ってなかなかに大変だろうなぁ」と想像します。「恋愛も性生活も抜きにして、でも、気の合う誰かと人生を共にしたい」と望む場合は、アセクシャル同士で暮らしたり結婚したりするのが一番いいんだろうか? だけど絶対数が少ないわけだから、そう簡単には出会えないだろうしな…。

 

「恋せぬふたり」の中で、主人公(アセクシャル)がヘテロセクシャルの男性に向かって、「“愛のないセックス”は理解できても、“セックスのない愛”は理解できないんですか?」と投げかけるシーンがありました。ハッとしました。35歳までの私はどちらも理解できなかったけれど、36歳以降の私なら「愛のないセックス」がよ〜く分かる。頭だけの理解ではなく、“実体験を伴っての理解”です。結婚前の最後の恋、そして女風が、それを可能にしてくれました。だからこの先、「セックスのない愛」が分かる日が、ひょっとしたら訪れるのかもしれません。だって、人生はきっとまだまだ長いし、今後何が起こるかなんて、誰にも分からないから。いや〜、人生って、人間って、やっぱりすんごく面白いですねぇ♪